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中納言
본문 표기 中納言・權中納言・從三位中納言・正三位中納言
越前 第一 · 1
- p001…前へ入らせ玉ひしなり、北庄を改めて福井と名つけ、城築かれしなり、其後從三位中納言に至て同き十二年閏四月八日、御年三十四歲にて世をはやくし玉ひぬ、…
尾張 第一 · 2
紀伊 第一 · 1
- p001…玉ふ、伊勢國を添へて、五十五万五千石といふ、宰相中將從三位を歷て、中納言に任し、從二位大納言に至り、寛文七年五月廿二日に國ゆづり玉ひ、同十一年正…
水戶 第一 · 1
- p001…年三月御元服有て、德川左衞門督殿と申、正四位下の少將に任し、參議を歷て、正三位中納言に至り、寛文元年七月廿九日薨し玉ふ、五十九歲、御子光圀卿、四位の中將より…
前田 第七上 · 4
- p002…落す、文祿の初より、朝鮮の事起り、肥前國名護屋に陣し、同三年の夏、從三位權中納言、慶長二年三月十一日、大納言に轉じ、家司二人任官す、高畠織部中川清六…
- p002…肥前守に任じ、侍從を經て、慶長二年の秋、參議從四位下、同三年の夏、從三位中納言に至る、世には利長の參議たりしのみを傳ふ、公卿補任を按するに、從三位…
- p002…に至る、世には利長の參議たりしのみを傳ふ、公卿補任を按するに、從三位中納言に至れり、太閤薨し玉ひし時、秀賴の傳を仰置る利長をば御いたきも…
- p004…て、首三千二百を獻る、其賞として閏六月參議になされ、寬永三年の秋、從三位權中納言に昇り、老て後、國を讓り、小松の城に住れしかば、世の人小松中納言とぞ申け…
伊達 第七下 · 1
- p014…閏六月十九日、參議になさる、此度の勳賞と聞ゆ、寛永三年八月十九日、從三位權中納言に任ず、同十三年、政宗病既に甚し、五月十三日、同十九日、左大臣家再び彼家…
藤堂 第七下 · 1
- p001…地を領せし也、天正十九年四月廿二日、秀長薨して、猶子秀俊、家を繼きて、中納言に任す、文祿元年朝鮮の軍起り、秀俊名護屋の陣にあり、高虎軍の事を承り、二…
毛利 第八上 · 1
- p006…に官位昇進して、天正十六年四月十日、參議に任じ、慶長二年三月十日、從三位權中納言に至り、一門多く納言侍從に歷昇る、此時輝元、安藝周防長門備後隱岐出雲…
嶋津 第八上 · 1
- p004…十五歲、慶長五年の後は籠り居たりしとなり、家久寛永三年八月、從三位權中納言に至り、同き十五年二月廿三日、六十歲にて卒す、一說六十三歲と云ふ、…
上杉 第八下 · 1
- p015…妻、聚樂の館に移りしかば、關白悅ひ給ふ事、大方ならず、景勝も頓て上洛す、從三位中納言になされ、家人直江山城守兼續、從四位侍從に任す、…
駿河殿 第十一 · 1
- p001…年八月廿二日、參議從四位下兼右近衛權中將になされ給ひ、同き九年七月廿七日權中納言に轉し從三位に昇り給ひ、寛永二年正月十一日駿河遠江を參らせられ、甲斐の國…
金吾 第十二上 · 3
藤田 第十二下 · 1
- p001…平らけぬ、同き十七年十一月景勝都に上りて豐臣關白に見參あり、從三位に叙し中納言に任す、家人直江山城守兼續、四位の侍從になされ、藤田能登守信吉等從四位下…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히