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黒田孝高
본문 표기 孝高・黑田・入道・黑田如水入道・黑田父子・黑田勘解由孝高・如水入道・入道殿・黑田勘解由入道如水・勘解由孝高入道・小寺官兵衞尉・黑田勘解由・如水軒・孝高入道・如水・黑田入道如水
黑田 第七上 · 20
- p001…筑前守源長政は、勘解由孝高入道が男なり、宇多天皇の御末、佐々木源三秀義が曾孫、京極近江守氏信が男、佐渡…
- p001…國飾東郡姫路の城に移住む、重隆嫡男美作守識隆、故あつて小寺と名のる、これ孝高入道が父なりけり、孝高始は小寺官兵衞尉と名のり、黑田勘解由と改め、入道の…
- p001…む、重隆嫡男美作守識隆、故あつて小寺と名のる、これ孝高入道が父なりけり、孝高始は小寺官兵衞尉と名のり、黑田勘解由と改め、入道の後、如水軒と號す、初め…
- p001…嫡男美作守識隆、故あつて小寺と名のる、これ孝高入道が父なりけり、孝高始は小寺官兵衞尉と名のり、黑田勘解由と改め、入道の後、如水軒と號す、初め美作守識隆、織田…
- p001…て小寺と名のる、これ孝高入道が父なりけり、孝高始は小寺官兵衞尉と名のり、黑田勘解由と改め、入道の後、如水軒と號す、初め美作守識隆、織田殿に志を通じて、天正…
- p001…が父なりけり、孝高始は小寺官兵衞尉と名のり、黑田勘解由と改め、入道の後、如水軒と號す、初め美作守識隆、織田殿に志を通じて、天正三年赤松別所等と、同く上…
- p001…、近江國長濱の城に置かる、幾程なく、秀吉筑前守になされ、播磨の國を賜ふ、孝高父子二心なき方人にて、秀吉に隨ひ、佐用の城を攻て先懸し、同き十一月廿七日…
- p001…、秀吉に隨ひ、佐用の城を攻て先懸し、同き十一月廿七日、秀吉の下知に依て、孝高竹中半兵衞尉重治と共に、備前の國福岡の城を攻め、同き六年毛利が上月の城を…
- p001…衞尉重治と共に、備前の國福岡の城を攻め、同き六年毛利が上月の城を攻し時、孝高うしろ卷して、高倉山に陣を取る、此年攝津の守護人荒木攝津守村重謀反す、孝…
- p001…高うしろ卷して、高倉山に陣を取る、此年攝津の守護人荒木攝津守村重謀反す、孝高行向て村重を諫む、村重承引の氣色なく、遂に孝高を捕ふ、小寺が一門馳集り、…
- p001…護人荒木攝津守村重謀反す、孝高行向て村重を諫む、村重承引の氣色なく、遂に孝高を捕ふ、小寺が一門馳集り、子を捨てゝ織田殿へや參る、孫を棄てゝ荒木にや組…
- p001…、忽に志を變じて、無道に組みせんこと本意に非ずとて、更に荒木に組みせず、孝高又希有にして逃れ返り、荒木も頓て亡びけり、同八年、秀吉播州三木の城を攻落…
- p001…も頓て亡びけり、同八年、秀吉播州三木の城を攻落して、此所に住せんと擬す、孝高いひけるは、我すむ所の姫路の城と申すは、當國第一の要害にて、殊に海路の便…
- p001…り、さらば參らせんとて、秀吉に讓る、秀吉悅ふこと限なく、此城に移り住む、孝高宍粟の郡を賜りて、山崎の城にあり、秀吉山陰山陽の合戰を始として、志津が岳…
- p001…あり、秀吉山陰山陽の合戰を始として、志津が岳、小牧、筑紫の軍に至るまで、孝高の戰功、數を知らず、同十五年七月、豐前の國六郡の地を賜ふ、同き十七年、孝…
- p001…高の戰功、數を知らず、同十五年七月、豐前の國六郡の地を賜ふ、同き十七年、孝高四十五歲、其子長政に家の事をば讓り、其後小田原名護屋の陣に隨ひ、朝鮮に押…
- p001…城を守る、凡そ七箇年の間、所々の戰に打取る首數、幾萬といふ事を知らず、黑田父子の武功は、林道春が撰びし、長政の碑の銘に詳なり今は大畧を採る、太閤薨…
- p001…、秀賴の奉行人、德川殿失ひ參らせんとて、大坂伏見の間、以ての外に騒動す、黑田父子、德川殿の御方として、長政宗徒の大名を催し、組みし申す人多かりしかば、戰…
- p003…父の入道、西海道にして、所々に戰ひ、九州平均に屬す、父子の戰功、類ひなかりしかば…
- p003…五千石筑前守になされ同き八年二月廿五日從四位下に叙す、同き九年三月廿日孝高入道五十八歲にして卒す、初め大坂の兵起りし時長政關東に留り、再び兵起りしかば…
嶋津 第八上 · 4
- p003…、長曾我部土佐守元親、鎭西に下向し、義久が押領せし國々を受取らんとす、又黑田勘解由孝高、山陽道に下向して、毛利吉川小早川等が軍勢を催促す、これは嶋津もし殿下の…
- p003…向ひ、清正が佐敷の城を攻む、清正宇土を攻め落し、八千人を率ゐて、先陣し、黑田如水入道、三千人にて後陣を打つ、肥後薩摩の境なる津名木水俣に陣取つて、義久と戰は…
- p003…が原の軍、破れぬと聞て、嶋津か軍勢、佐敷の城より引き返へす、龍伯敢て加藤黑田に向つて軍せず、福嶋左衞門大夫正則に就て訴へけるは、義久初より德川殿に、…
- p003…んぬ、御下知を待て、速に嚴科に處すべき所なりと申す、さらばとて、まづ加藤黑田が軍勢をば、召返へさる、其後龍伯入道、大坂に馳せ上りて、罪なきよし申披か…
鍋島 第八上 · 3
立花 第八下 · 2
伊東 第九下 · 4
- p014…る、斯る所に、上方又軍起りて、德川殿傾け參らせんとす、九州の中にしては、黑田如水入道計りぞ、東國無二の御方たるべきと思ひければ、祐兵密に入道が許に、使者を立…
- p014…しては、黑田如水入道計りぞ、東國無二の御方たるべきと思ひければ、祐兵密に入道が許に、使者を立て、祐兵に於ては、堅く東國に組みし參らすべしと、思ひ定め…
- p014…候、本國に馳せ歸りて、九國の敵とや戰はん、又大阪に在て、兵をや起すべき、入道殿の御謀こそ承らめと、云せければ、如水入道、和殿が小勢、上方に在て軍起さん…
- p014…ん、又大阪に在て、兵をや起すべき、入道殿の御謀こそ承らめと、云せければ、如水入道、和殿が小勢、上方に在て軍起さんこと、然るべからず、速に本國に下りて、軍…
毛利 第九下 · 3
金吾 第十二上 · 3
加藤 第十二上 · 2
平岡 第十二下 · 2
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히