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○菅政利後藤基次虎を斬る事附羅山先生南山銘の事

卷之十 第16話 · 段落 2 · NDL 1078984 185コマ R

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黑田長政朝鮮の全義館に陣せられしに、或曉俄に騷ぎければ、敵夜討にや寄せたる、と井樓に上られしに、虎馬屋に入りたるにてぞ有りける。恐れて出づる者も無かりしに、菅政利刀を提げて走り向ふ。虎咆み掛る處を飛違へて腰骨を深く斬附けたり。虎前足にて立上り、愈猛りて危かりし處に、後藤基次駈け來り、肩先を乳の下かけて切り附くれば、菅得たりやと虎の眉間を切割つて殺しぬ。長政、汝等は先陣の士大將として下知する身なるに、獸と勇を爭ふ事大人氣無し、とぞ言はれける。政利が刀に林羅山銘を作りて南山と名附く。周處白額虎の故事なり。銘に曰く、
節たる彼の南山山惟れ劍鋩苛政除き去り酷吏逃れ藏る截り㆑邪を斬る㆑佞を惟れ刀在り㆑箱に惟其言ふに㆑虎を若し㆑有る㆓眞僞㆒傳へて㆓之を萬世に㆒爲す㆓子孫の常と㆒朝鮮機張にて長政虎狩せられしに、虎一匹人の群たる中に駈け來る。菅六之助が足輕の肩を咥みて後に擲げ、又一人をも腕を咥みて投倒しけるが、六之助其日朱具足を著たるをや目に懸けけん、忽ち飛懸りて、菅二尺三寸有りける刀を拔いて忽に切伏せたり。其刀今に菅の家に持傳ふ。備前吉次が作なりき。大德寺春庵和尙其刀に斃秦と名を附けたり。秦は虎狼の國と言ひし故にこそ羅山林子も銘を作られたりと言ふ一說あり。