同落城の砌細川家の足輕陣佐左衞門と言ふ者、二の丸の邊にて鐵炮に中り、死にたる者の首を取りて數首の中へ入れ置きたり。忠利、前髮附たる首は別の所に竝べ置くべし、と令して類を分ち、忠利鞭を以つて陣が得たる首を差示し、若此首賊將四郞が首とも言ふべきものなり。見㆑知りたる者はなきや、と有りしに、須佐美權之丞、見知候、といふ。則ち呼びて見せらる。須佐美能見屆けて、四ヶ年以前四郞を半年許召使候。依㆑之能見覺候。第一の印に左の耳の側に瘤あり。是可㆑疑もなく四郞が首なり、と云ふ。然らば、とて生捕たる四郞が母を呼びて見するに、一目見て落淚し、我子四郞が首なり、と申す。忠利則ち軍監畑忠庵を呼びて、大將の首は髮の結樣替有りと聞く、其通りや。畑答へて、如㆑命大體常の如く結ひて鬟の折を下へ折候、と申せば、忠利下部の者に令して、首の髮を令㆑結、仲間馬檜杓に水を入れ來り、件の如く結終りければ、忠利使者を以て石谷十藏へ、此首大將四郞が首に似候故先進候。尤不㆑慥、猶又御吟味可㆑有歟、と申し送られければ、十藏則ち使者に對面あり。吟味の趣を聞屆け、此上は訝き事なし。去ながら猶又生捕に可㆑尋、とて數人別々に引分けて問㆑之に、皆、四郞が首なり、といふ。十藏も上使信綱も相共に忠利の陣に來り、手柄を被㆑賀、飛檄を以つて江戶へ注進有り。陣はこの功に依りて新知千石與へられたり。