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大谷吉継
本文表記 吉隆・大谷・大谷吉隆・大谷刑部少輔吉隆・大谷刑部少輔・刑部・大谷刑部
朝鮮南大門合戰附後向の備の事 卷之十 · 1
- p01…戰場に晒さんと存ずる所なり、とて引取らん氣色無かりければ、又大谷吉隆を遣して、誠に雙なき志、古の名將も是には過ぎじ。然ればとて二…
大谷吉隆平塚爲廣最後合戰和歌贈答の事 卷之十三 · 12
- p01…越前敦賀の城主大谷刑部少輔吉隆は、會津征伐に從はんとて兵を出さんとせしに、石田三成より樫原…
- p01…和山に至る。三成悅んで、今度關東を討亡すべき謀をぞ語りける。大谷驚きて、故太閤常に德川殿の智勇の備りたるを崇敬御座しましき。…
- p01…思ひ立ちたるぞかし。など豐臣家の恩を忘れられしや、と言へば、大谷、さらば力なし。命を秀賴公に奉りて、今度の軍に討死すべし。但…
- p01…るゝや、と言へば、三成、如何で所存を防ぐべき、と悅びしかば、大谷が曰く、世の人石田殿をば無禮なりとて、末々に至りても快からず…
- p01…からず、とて三成が送り來りし使者には、心得候、とぞ答へける。吉隆敦賀に歸りしに、關東勢岐阜を攻落しけると聞きて、敦賀を打出で…
- p01…の陣を一手になし、關ヶ原に押し出し、鎗衾を作りて秀詮に向ふ。吉隆は目を病みて士卒は皆平塚に下知せさせ、練絹の小袖の上に村蝶を…
- p01…はなしたる竹興に乘りたるが、秀詮裏切して討つて懸られしかば、大谷齒を嚙み、秀詮の不義骨髓に徹せり。敵の旗本を目にかけて切つて…
- p01…鋒先に、秀詮の先陣又追立てられけり。爲廣敵數多討取り、其首を吉隆に送り、此首自ら討取候。冥途の苞に參らせ候。日比の約束只今討…
- p02…とまらぬ浮世と思へば一說に、秀詮の士橫田半介を討取り、其首を吉隆に送るともいへり。…
- p03…吉隆使に向ひて、武勇といひ和歌といひ感ずるに餘有り。早や自害して…
- p05…とて討たれけり。戶田重政も思ふ程切つて廻り討死したりければ、大谷が軍敗れて吉隆自害しけり。行年四十二歲とかや。岩佐五介首を羽…
- p05…。戶田重政も思ふ程切つて廻り討死したりければ、大谷が軍敗れて吉隆自害しけり。行年四十二歲とかや。岩佐五介首を羽織に包み、其邊…
瀧川內記功名の事 卷之十三 · 1
- p01…支へて從者に首五つ取らせ、秀詮の許へ持たせ遣り、其所を去らで吉隆が兵に鎗を合せ、岸より下に敵を突落したれば、山田喜內其首を取…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p03…る事を得たり。昌幸は去る天正十三年以來秀吉の恩顧を得しかば、大谷吉隆に申して次男信仍を秀吉の許に人質に出しけり。其後石田兵を起す…
高麗攻南大門合戰物語の事 拾遺 卷之一 · 5
- p01…惣大將備前中納言秀家卿、石田治部少輔三成、增田右衞門尉長盛、大谷刑部少輔吉隆より飛脚を以て、早々都へ引取らるべく候。大河間に阻たり難義仕…
- p01…明三十萬を此所にて待受くべし、とて、少も動じ給はざりければ、大谷刑部少輔只一騎開城府へ來り、隆景に對面し、貴殿の御心底、古の名將勇士…
- p01…にても、先手は隆景一組申請け候間、他の望許容有るべからず、と刑部被請合候はば、王城へ引取り申べく候。大谷、其段は我ら請人…
- p01…有るべからず、と刑部被請合候はば、王城へ引取り申べく候。大谷、其段は我ら請人に立ち候由申され候に附、白川に有りし黑田長政…
- p01…て、文祿二年正月十五日に、開城府迄引取り申され候に附、隆景、大谷、黑田、久留米、小西、大友同道にて川を渡りて王城へ引入候。隆…
同御合戰毛利秀元戰場にて東方へ返る事 拾遺 卷之二 · 3
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