地名索引 › 丹波国
丹波国
本文表記 丹波・丹波國・丹州
本多 第四上 · 1
- p006…なり、馬うち寄せて、世ははや是迄に候よ、今朝のあかつき、本能寺の御陣へ、丹波の明智おし寄せ、火を放て攻め奉りしかば、織田殿討れ玉ふ、中將殿の御陣をも…
西尾 第五 · 1
- p002…に當て、戰功少かるべきにもあらず、諸記に漏ぬること惜むべし、又按ずるに、丹波國の籾井、三河國に來りて、西尾に住し、改めて西尾と名のる、其後また美濃國に…
太田 第六 · 1
- p002…の庄を賜る、其子資國、彼國太田郡に住しければ、太田と名乘と云々、按するに丹波に天田郡あつて、太田の郡はなし、覺束なし、永享記には太田備中守資清は、武…
山內 第七上 · 1
- p001…臣十代の孫、山內の首藤刑部丞義通が後胤、但馬守盛豐が二男なり、盛豐生國は丹波の人、尾張の國に移りて、上の織田に仕へ、其家の老として黑田の城に住む、…
細川 第七下 · 2
嶋津 第八上 · 1
- p002…違はせ給ふ事ありて、御出奔、此年十二月十六日、關白を停められ給ひ、忍びて丹州に御座ある事、凡そ七八年、天正三年六月廿八日御歸洛、同年九月廿日、又薩州…
九鬼 第九上 · 1
- p007…後、彼家の本領鳥羽の城、直隆に賜はり、寛永十年、攝津國三田の地に移る、丹波の地共に三万六千石と云ふ直隆慶安二年正月廿日に卒し、長子長門守隆昌、…
脇坂 第十上 · 1
- p001…一年本國觀音寺の戰に討死す、明れば十二年明智日向守光秀、信長の仰を承り、丹波國に發向して赤井と戰ふ、安治其頃は甚內と申して、生年十六歲、光秀が手に屬し…
小出 第十上 · 2
谷 第十上 · 1
- p001…ことを知らず慶長五年の秋、石田三成等が兵起りし時、丹後國を攻めんとて、丹波但馬の軍勢を差向く細川越中守忠興は德川殿に隨て奧に下る、父の入道國に在て…
木下 第十上 · 1
- p004…が城を守て東國に志を通し、關が原の戰終て後、同十月細川越中守忠興と共に、丹波國に發向し、舅の藤孝入道が城を攻めし大將小野木縫殿助公鄕が福智山の城を攻落…
西尾 第十二下 · 2
前田 第十二下 · 1
- p003…りと諫めけれども、秀信終に隨はず、玄以が男主膳正茂勝は大坂の催促に隨ひ、丹波但馬の人々と同じく丹後の國に向つて細川が城を攻む、關が原の軍終て後、別の…
松倉 第十二下 · 1
- p003…起りし初、まづ軍勢を分ちて丹後の國に差向け、細川が城を攻めよとて七月廿日丹波但馬の人々、大坂を打立つ重政も寄手の中に駈り催されしが、此日亡父が忌日な…
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