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福島正則
본문 표기 正則・福嶋・福嶋左衞門大夫正則・福島・福島左衞門大夫正則・此人・福嶋左衛門大夫正則・福嶋左衞門大夫・福島左衞門大夫・左衞門大夫正則・左衞門大夫源正則・市松・正則父子
本多 第四上 · 1
- p010…身も嶋津を打破り、此日忠勝が手に、首九十餘を得たりと云ふ軍終て後、福嶋左衞門大夫正則、德川殿の御陣へ參り、扨も今日忠勝が御方の多勢を下知して、戰うたる樣、左…
井伊 第四上 · 3
永井 第五 · 1
- p011…らず、總て世に誤り傳ふる事、此等の類、いくらといふ數を知らず、同き五年、福島左衞門大夫正則、罪あつて、國を除かれし時、直勝御使として行向ひ、事故なく、安藝備後等を…
安藤 第五 · 1
- p003…を承る、其後又御跡に留る事廿日餘り、大坂の事とも沙汰して上洛す、元和五年福島が國除かれし時、重信また御使を承り、息男重長と共に安藝國に向ふ、此年上野…
黑田 第七上 · 7
- p002…關が原の事しるせる一書に曰く、福嶋左衞門大夫正則が最初に御方せしと申すは、長政が勸めに依りし所なりと云々、其大畧は、上方…
- p002…りし所なりと云々、其大畧は、上方の軍起りし由、小山の御陣に告け來る、黑田福嶋等の先陣は、宇都宮にあり、まづ大御所より長政を召す長政御使の旨を察して、…
- p002…宮にあり、まづ大御所より長政を召す長政御使の旨を察して、小山へは參らず、福嶋が陣に行て、上方にや組みすべき、又關東にや隨ふべきと問ふ、福島が母妻、大…
- p002…は參らず、福嶋が陣に行て、上方にや組みすべき、又關東にや隨ふべきと問ふ、福島が母妻、大坂に居れば、其心定らず、長政が曰く、秀賴いまだ幼なくまします、…
- p002…に附きて、弱きを避けん事は、武士の本意にあらずと思ふは如何にと云はれて、福島が志决しぬ、其後長政小山に參り、かくと申しければ、おことを召す事、餘の義…
- p002…、こゝに於て、諸大名を小山に召し集められて、人々の心の程を尋ね給ひし時、福嶋最初に御方すべき由を申せしとなり、林道春が撰みし長政の碑の銘を察するに、…
- p002…ふべからず、前の說は信じ難きに似たり、但し長政また小山より宇都宮に行きて福嶋を勸めて御方となせしかど、人の功を掠めん事を恥ぢて、子息等にも語らざれば…
山內 第七上 · 2
加藤 第七下 · 1
- p002…を落せし事を、深く悅せ給ひしとなり、世には村越が來りし時答へ申せし人を、福嶋左衞門大夫といふ誤れり、此事悅せ給て大相國家の賜りし御消息、今も其家に在りといふ也…
嶋津 第八上 · 2
九鬼 第九上 · 1
- p003…隆が勳功の賞に、申替へて、父が首つがん事を訴ふ、御免なかりければ、輝政又福島左衞門大夫正則と相謀り、重て二人一所に歎き申さる、さらばとて、大隅守嘉隆が死刑を宥めら…
建部 第十下 · 1
- p006…元和二年播磨國楫東郡の地賜て移る、一萬石同き五年福島左衞門大夫が國除れし時、宮内少輔忠雄して其國を受取らしむ、政長昔尼崎の城に籠りし時…
薩摩守殿 第十一 · 3
本多 第十一 · 1
- p011…これは正重が碑に見えし所なり、世には此時正重浮田が先陣して、福嶋が陣をかけ破りしといふ、誤りなり、…
山岡 第十一 · 1
- p003…として、伊勢國長嶋の城に立籠て原田隱岐守胤房と戰ふ、九月十六日正賴が舍兄左衞門大夫正則が使者來て、昨日の戰に上方の軍勢敗れぬと聞て、入道手勢三百七十餘人を引具…
福嶋 第十二上 · 124
- p001…左衞門大夫源正則は、尾張の國の住人福嶋與左衞門尉某が嫡男なり、初め豐臣太閣播磨の國の守護…
- p001…國の住人福嶋與左衞門尉某が嫡男なり、初め豐臣太閣播磨の國の守護たりし時、正則童なりしより側近く召仕はる、正則は豐臣家にゆかりの人といふいまだ…
- p001…、初め豐臣太閣播磨の國の守護たりし時、正則童なりしより側近く召仕はる、正則は豐臣家にゆかりの人といふいまだ詳なる事を知らず天正六年播磨の…
- p001…ふいまだ詳なる事を知らず天正六年播磨の國三木の城を攻められしに、正則生年十八歲初めて高名ありしより、鳥取山崎等の戰に功あらずといふことなく、…
- p001…起し、この年天正十一年十二月に叙爵して左衞門尉になさる、此戰のとき字は市松、一番に首取りて參り五千石の地給ひしなり小牧雜賀の軍に隨ひ同き十三年…
- p002…初め諸軍勢王城に在て大明朝鮮の兵と戰ひし時、正則稷山の城に在り外國の人いかに傳へ聞きけん、正則は關白の叔父なれば彼をだに…
- p002…て大明朝鮮の兵と戰ひし時、正則稷山の城に在り外國の人いかに傳へ聞きけん、正則は關白の叔父なれば彼をだに討ち取りなば、軍に勝つ事を得べしとて、三度まで…
- p003…文祿四年七月關白秀次の御事ありし後、正則尾張國清洲の城に移る、二十万石又四位の侍從になされ羽柴の氏を許さる…
- p003…給ひて後、德川殿の御養君を松平因幡守康元の娘にて德川殿の御外姪なり正則が嫡男刑部少輔正之の妻に定められしより事起りて、大坂の奉行等加賀大納言利…
- p003…とす、これ奉行等と謀り給はで私に仰せ合されし事を咎めしとなり正則御方として最初に德川殿の御館に馳せ參る、程なく事平きし後、正則等また石田…
- p003…しとなり正則御方として最初に德川殿の御館に馳せ參る、程なく事平きし後、正則等また石田治部少輔三成を討たんとせしに、德川殿中和らけ給ひしに因て事また…
- p003…た平きぬ、明れば慶長五年の秋德川殿、奧の上杉追討のため御下向ありしかば、正則父子同じく馳せ下りて下野國宇都宮に陣取る、大坂の奉行等が兵起りて上方又大に亂…
- p003…へして大坂に歸り給ふべしと仰せらる、人々いまだ申し出す旨もなかりし所に、正則一人進み出で申けるは、上方に軍起りし事、風聞の及ぶ所は、大坂の奉行等が秀…
- p003…が計らひにて天下を亂さんとする條、疑ふべからず、人々の心は如何にもあれ、正則に於ては關東の御方として、彼の凶徒等を誅伐仕るべう候と申ければ、有合ふ所…
- p003…て、彼の凶徒等を誅伐仕るべう候と申ければ、有合ふ所の大名一人も殘らず、皆正則が申す旨に從ふ德川殿悅ばせ給ふ事淺からず、正則やがて海道の先陣して打て登…
- p003…ふ所の大名一人も殘らず、皆正則が申す旨に從ふ德川殿悅ばせ給ふ事淺からず、正則やがて海道の先陣して打て登り、美濃の國高須竹鼻の城を打破つて岐阜の城を攻…
- p003…に戰て多くの敵を討ち滅し、毛利嶋津等を降して天下悉くに德川殿に歸せし事、正則が功莫大なり、されども此人心猛く行ひ暴くして人の命を斷つこと昆蟲を殺すと…
- p003…毛利嶋津等を降して天下悉くに德川殿に歸せし事、正則が功莫大なり、されども此人心猛く行ひ暴くして人の命を斷つこと昆蟲を殺すとも思はず、まして此度の功に…
- p003…江國草津の宿に至り給ひ、洛中物靜かならずと聞召し、狼籍を鎭められんが爲、正則等して都に上らせらる、正則が侍の、使すとて跡にさがつて馳せ行くに、日岡の…
- p003…中物靜かならずと聞召し、狼籍を鎭められんが爲、正則等して都に上らせらる、正則が侍の、使すとて跡にさがつて馳せ行くに、日岡の關過くるとき番の兵と口論に…
- p003…の事終てのち、身の暇たまはり引返して彼兵と戰ひ死せんとて、事の樣を申す、正則馬うち立て是を聞き以の外に氣色損し、やゝあつて後、あつはれ汝主の使なれば…
- p003…で歸り參り、身の暇乞てのち大勢に向て戰て死せんとすと思ふ、神妙の至なり、正則思ふ子細あり我に從て來れとて、都に引具し彼侍を召て汝一定死せんなと問ふ、…
- p003…汝一定死せんなと問ふ、仰にや及ぶべきと答ふ、よし〱さらば夫にて腹を切れ、正則が身汝に代て德川殿より彼關守らせられし伊奈が首とつて汝に手向けんずものを…
- p003…れし伊奈が首とつて汝に手向けんずものをとて、首打落し伊奈圖書が許に贈り、正則が侍伊奈殿に恨み申すべき事ありとて腹切りぬ、御實撿のため彼首を參らす、其…
- p003…本多と相議して番の兵六人が首斬つて贈る、伊奈は御先手の足輕大將なり正則いよ〱怒に堪へず、其首悉く打返して凡そ天下の人に貴あり賤あり、貴きが賤し…
- p003…きが賤しきに同じからず、賤しきが貴きに異なる事、誰かは是を知らざるべき、正則が侍の首まゐらする所に、賜ふ所の首は悉く足輕の兵とこそ見えつれ、其品尤均…
- p003…する所に、賜ふ所の首は悉く足輕の兵とこそ見えつれ、其品尤均しからず、抑も正則身不肖には侍れども、德川殿の御方として御先を懸け隨分の微功を顯せし事、全…
- p003…不肖には侍れども、德川殿の御方として御先を懸け隨分の微功を顯せし事、全く正則身の功にあらず、これ然しながら家の子郞等らが、命を捨て身を顧みざるに依り…
- p003…れ然しながら家の子郞等らが、命を捨て身を顧みざるに依りし所なり、それに今正則が侍を以て御手に屬せし足輕に准ぜらるゝ所、正則天下に於て面目を失ひ訖んぬ…
- p003…るに依りし所なり、それに今正則が侍を以て御手に屬せし足輕に准ぜらるゝ所、正則天下に於て面目を失ひ訖んぬ、又正則が參らせし所は侍の首只一つ、報ひ給はら…
- p003…を以て御手に屬せし足輕に准ぜらるゝ所、正則天下に於て面目を失ひ訖んぬ、又正則が參らせし所は侍の首只一つ、報ひ給はらん所の首多き事を望むにあらず、是等…
- p003…んこと、其詮なし、速に返し參らするとぞ申ける、井伊本多これ聞て大に驚き、正則が宣ふ所理至極しぬ、さらば伊奈が手に屬せし寄騎の侍が首切て參らせん、伊奈…
- p003…ん、伊奈と中直りし給はらんには、公私の大幸何事か是に過ぎんやと言ければ、正則家子郞等らに疎まれて重てはか〱しき軍せんこと叶ふまじ、今は德川殿にも正則…
- p003…正則家子郞等らに疎まれて重てはか〱しき軍せんこと叶ふまじ、今は德川殿にも正則よしとも思召さじ、此後御門下に伺候せんも詮なしとて引籠る、此時福嶋陣替…
- p003…にも正則よしとも思召さじ、此後御門下に伺候せんも詮なしとて引籠る、此時福嶋陣替の事ありといふ德川殿此由を聞召して、正則が申條その理なきにあらず…
- p003…詮なしとて引籠る、此時福嶋陣替の事ありといふ德川殿此由を聞召して、正則が申條その理なきにあらず、伊奈が計らひ不當なりと怒らせ給ひしかば伊奈腹切…
- p003…不當なりと怒らせ給ひしかば伊奈腹切て死す、井伊兵部少輔直政頓て其首持せて正則が陣に行き向ふ、正則是を見て井伊殿の御力に依て正則耻すゝいで候とて悅びけ…
- p003…しかば伊奈腹切て死す、井伊兵部少輔直政頓て其首持せて正則が陣に行き向ふ、正則是を見て井伊殿の御力に依て正則耻すゝいで候とて悅びける、此年十一月安藝備…
- p003…少輔直政頓て其首持せて正則が陣に行き向ふ、正則是を見て井伊殿の御力に依て正則耻すゝいで候とて悅びける、此年十一月安藝備後兩國を正則に賜ふ、今度の戰功…
- p003…井伊殿の御力に依て正則耻すゝいで候とて悅びける、此年十一月安藝備後兩國を正則に賜ふ、今度の戰功を賞せらるゝ所なり、四十九万八千石…
- p004…此時或人井伊侍從に向ひ、正則おのが功に誇つて、伊奈に腹きらせし人なるに、御恩他に異なるこそ心得ねと言…
- p004…人でとに一生が中あやまち無からんこと叶ひ難し、さればかく御恩の深きこと、正則の愼み厚かるべき事なれと言ひしとかや、…
- p005…明れば六年參河守殿越前の國賜はらせ給ふ、入部なされしに正則自ら北庄に行き向ひ賀し申さる、守殿の宗徒の御家人に向ひ、正則この後も常に…
- p005…部なされしに正則自ら北庄に行き向ひ賀し申さる、守殿の宗徒の御家人に向ひ、正則この後も常に門下に伺候せんに家なうても叶ふべからず、家作るべき地給はらば…
- p005…伺候せんに家なうても叶ふべからず、家作るべき地給はらばやと望て、其後また正則年來のよしみ忘れ參らせず、守殿天下の御大事あらんには正則必御味方仕るべし…
- p005…と望て、其後また正則年來のよしみ忘れ參らせず、守殿天下の御大事あらんには正則必御味方仕るべし、さりながら太閤の仰せ置るゝ旨はべれば、正則が身秀賴の世…
- p005…事あらんには正則必御味方仕るべし、さりながら太閤の仰せ置るゝ旨はべれば、正則が身秀賴の世にましまさん限りは、心にも任すべからずと語りて暇給はつてぞ歸…
- p006…按ずるに守殿は太閤の御養君たりし故、正則その好みを思ひしにや、又守殿の御身に天下の御大事あらんと云ひしは、守殿は…
- p006…れば、德川殿かくれさせ給はゞ、必天下の御爭あるべしと思ひしにや、何れにも正則が心のうち測り難き事なり…
- p007…同き八年二月德川殿征夷將軍の宣旨蒙らせ給ひし時、正則四位の少將になされ、同七月右大將家の、大相國家此時右大將たり姫君、…
- p007…君、大坂に入らせ給ひし時、上方の大名悉くに起請文書て秀賴公に參らす、これ正則が計らひし所とぞ聞えける、同き十年五月右大將家拜賀の御時、大御所も都へわ…
- p007…深うして、戰艦夥しう作り出す、世の中何となく騷しくなり行くに、十二年の冬正則嫡子刑部少輔、狂疾出で來ぬとて取て押込め、終に首を刎て其妻德川殿の御養君…
- p007…春、豐臣家疱瘡煩はせ給ふと聞て、上方の大名忍ひ〱に大坂に馳せ集る、中にも正則最初に馳せ參る、十六年三月豐臣家上洛あつて大御所に御見參の時、侍從輝政…
- p007…政池田肥後守清正加藤紀伊守幸長淺野三人御供に參りしに、正則は病氣と稱して大坂に殘り止る、十九年五月廿日加賀中納言利長薨して後、子息…
- p007…早く大坂に參て、助け參らせらるべき所なり、今城中にある所の兵粮七万斛、又正則等が年頃蓄へし所三万斛、其餘金銀寶貨、軍の支料乏かるべからずと載たりけり…
- p007…れんこと近きにあらんと、御心を勞らせ給ふ程に、此年の九月大坂の軍起りぬ、正則を始として加藤肥後守忠廣等が大坂に在りし米穀、悉く城中に參らす、此時江戶…
- p007…中に參らす、此時江戶の城增し築かる事あつて、上方の大名多くは此役に從ふ、正則同じく關東に在り、十月七日竹中伊豆守重利、關東より駿河に馳せ參る、大御所…
- p007…十月七日竹中伊豆守重利、關東より駿河に馳せ參る、大御所重利を召されて汝は正則に親しう相語ふ者なれば、我が爲に又關東に趣て正則に申さんには、此度大坂の…
- p007…大御所重利を召されて汝は正則に親しう相語ふ者なれば、我が爲に又關東に趣て正則に申さんには、此度大坂の軍起りしこと、秀賴の心とも覺えず、是は偏に織田…
- p007…えず、是は偏に織田有樂大野木村渡邊等が計らひにこそあるべけれ、抑も正則元より故太閤のゆかりに就きて秀賴にも親しく、又家康父子にも疎からず、され…
- p007…より故太閤のゆかりに就きて秀賴にも親しく、又家康父子にも疎からず、されば正則が身に取ては何れの方に組みせんとも思ひわかじ、正則たとひ我が父子に組しぬ…
- p007…子にも疎からず、されば正則が身に取ては何れの方に組みせんとも思ひわかじ、正則たとひ我が父子に組しぬとも、味方の疑ひなど無らざらん、たゞ須らく正則は關…
- p007…じ、正則たとひ我が父子に組しぬとも、味方の疑ひなど無らざらん、たゞ須らく正則は關東に止て息男備後守に軍勢つけて參らすべき者かと仰せ下さる、同月十一日…
- p007…る、同月十一日大御所駿河の國府を立たせ給ひ、同十三日中泉に至らせ給ふ時、正則が使者竹中が書を帶して馳せ參る、重利正則が旨を述て曰く仰せ謹て承りぬ、抑…
- p007…ひ、同十三日中泉に至らせ給ふ時、正則が使者竹中が書を帶して馳せ參る、重利正則が旨を述て曰く仰せ謹て承りぬ、抑も此度大坂の兵起りし事、尤も不思儀といひ…
- p007…參らせんが爲に、二人の使者立てゝ消息を通し候ひぬと申す、本多上野介正純、正則が大坂へ參らする文とつて見るに、此度大佛修造の事に就きて兩御所を怨み給ふ…
- p007…ちを謝し申されんが爲、御母上をして駿府江戶の間に參らせ置かるべき所なり、正則年ころ關東の御恩蒙る身となつて二心を思はず妻子又關東にあり、今諫め參らす…
- p007…て二心を思はず妻子又關東にあり、今諫め參らする旨に從はせ給はざらんには、正則天下の軍勢に先立ちて馳せ向ひ、速に御勢を打破りて參らせん、其時に至て悔ま…
- p007…せ給はんも、さなからんも、御計らひにこそよるべけれと載せたり、同十六日又正則が使者、大御所の岡崎の御陣に馳せ參り一通の書を献る、これ正則先陣を賜て馳…
- p007…、同十六日又正則が使者、大御所の岡崎の御陣に馳せ參り一通の書を献る、これ正則先陣を賜て馳せ向ひ速に彼の阿黨等を誅すべき由を望み申す所なり、大御所正則…
- p007…正則先陣を賜て馳せ向ひ速に彼の阿黨等を誅すべき由を望み申す所なり、大御所正則が申す所神妙なり、只其儘に關東に在て妻子悉く城中に參らせ置くべしと仰あり…
- p007…ありて、使をば返されたり、廿二日永原の御陣に竹中伊豆守重利を召され、急き正則が國に馳せ下り備後守正勝と共に、彼軍勢を催して大坂に向ふべしと仰せ下さる…
- p007…軍勢を催して大坂に向ふべしと仰せ下さる、明れば廿三日都に入らせ給ひし日、正則が使大坂より歸り參る、秀賴の御母子答へさせ給ふ旨もなしと申て關東に馳せ下…
- p007…下る、十一月十一日將軍家都に入らせ給ひ、黑田筑前守長政、加藤左馬助嘉明、正則と同じく關東に止められしとぞ聞えける、同廿九日備後守正勝、重利と打連れ軍…
- p009…明る元和元年の夏再ひ軍起りしとき、黑田加藤は將軍家に隨て馳せ向ひしかど、正則をば關東に止めらる、明れば二年四月大御所薨しさせ給ひ、大相國家御代知召さ…
- p009…關東に止めらる、明れば二年四月大御所薨しさせ給ひ、大相國家御代知召され、正則が舊功を思召されけるにや常に彼が積惡を免されしのみに非ず、三年六月參議從…
- p009…にや常に彼が積惡を免されしのみに非ず、三年六月參議從三位になされ、然るに此人惡行日々月々に超過して安藝備後の土民等、悉く虐政に苦み安き心もなく、剩へ…
- p009…の地二万五千石信濃川中嶋の地四万五千石の國にて所領給はりしに、正則頗る御使に對捍の事ありし程に、罪いよ〱重くなつて信濃の國へぞ流されける、…
- p009…れける、子息備後守正勝も父と同じく流されて、明る六年九月十四日に死しぬ、正則配所に在ること凡そ六年、寬永元年七月十三日六十四歲にて死してけり、…
- p010…正則國除かれし時の事、後に中將直孝朝臣の語りし所を、石谷將監貞清入道の記せし…
- p010…語りし所を、石谷將監貞清入道の記せしは詳なり、此時上には都に入らせ給ひ、正則は關東に留る、かくて藤堂和泉守高虎本多上野介正純同美濃守忠…
- p010…土井大炊頭利勝安藤對馬守重信板倉伊賀守勝重等を召て、正則が國除くべきのよし仰せ下さる、七人の議し申す所異同ありて、事極らさること…
- p010…、されど先づ其存ずる所を申すべしと、重て仰せられしに及で、直孝存ずる所は正則を都に召されて其罪を數へられて申披くべき事あらんには聞召さるべし、若し又…
- p010…關東への御使には牧野右馬允忠成を下され、花房志摩守を副らる、これら正則に親き輩なり、若し事あらん時の爲に物に心得し者共下さるべきにて久世三四郞…
- p010…關東には松平下野守殿蒲生殿の御事最上源五郞義俊等の大名留りて守る、正則が振舞によつて、彼館攻めらるべきよし仰せ下されしと申す、正則が館の上なる…
- p010…留りて守る、正則が振舞によつて、彼館攻めらるべきよし仰せ下されしと申す、正則が館の上なる愛宕の山の上には久世坂部等を始として、御先手の人々鐵砲たて並…
- p010…彼館見下し、事起りなば忽に打破るべき有樣なり、御使の人々彼館に行き向ふ、正則仰の旨承りて、やゝあつて後、大御所世にまします時ならんには、正則申すべき…
- p010…き向ふ、正則仰の旨承りて、やゝあつて後、大御所世にまします時ならんには、正則申すべき事もありなまし、當代に向ひ參らせて何事をか申すべき、とにもかくに…
- p010…にて所領を賜ふ、又安藤對馬守重信永井右近大夫直勝、御使を承て安藝國に向ひ正則が家人等に速に國々を下げ渡すべき由を下知す、加藤左馬助嘉明森美作守忠政本…
- p010…守正俊松平土佐守忠義等、軍勢を引具して彼の國々に向て城々を受取らんとす、正則が家人等路次まで使を出して、正則罪蒙り領せし國々收公せらるべき由謹て承り…
- p010…具して彼の國々に向て城々を受取らんとす、正則が家人等路次まで使を出して、正則罪蒙り領せし國々收公せらるべき由謹て承りぬ、抑も此國々正則上より賜はる所…
- p010…で使を出して、正則罪蒙り領せし國々收公せらるべき由謹て承りぬ、抑も此國々正則上より賜はる所なりといへども、正則が家人等は、又正則が命を受けて守る所な…
- p010…收公せらるべき由謹て承りぬ、抑も此國々正則上より賜はる所なりといへども、正則が家人等は、又正則が命を受けて守る所なり、然るに今正則が命にあらずして國…
- p010…て承りぬ、抑も此國々正則上より賜はる所なりといへども、正則が家人等は、又正則が命を受けて守る所なり、然るに今正則が命にあらずして國を下け參らせん事、…
- p010…所なりといへども、正則が家人等は、又正則が命を受けて守る所なり、然るに今正則が命にあらずして國を下け參らせん事、人臣の道かくある可らざるに似たり、詮…
- p010…あらずして國を下け參らせん事、人臣の道かくある可らざるに似たり、詮する所正則が命を乞うて彼が下知に隨ふべき所なりと申ければ、永井申す所その理ありとて…
- p010…彼が下知に隨ふべき所なりと申ければ、永井申す所その理ありとて、速に此由を正則が許に告ぐ、正則自ら筆とりて、早く其國々さげわたし參らすべき由を下知しけ…
- p010…き所なりと申ければ、永井申す所その理ありとて、速に此由を正則が許に告ぐ、正則自ら筆とりて、早く其國々さげわたし參らすべき由を下知しければ、家人等悉く…
- p010…を守て國々の軍勢は引返しぬ、○世に傳ふる雜記等には此時大相國家都にまし〱正則關東に在て御使を下され、又彼國へも御使行き向ひしといふ事を知らず、正則國…
- p010…〱正則關東に在て御使を下され、又彼國へも御使行き向ひしといふ事を知らず、正則國に在りし樣に記せり、誤れるなり、又一說に元和七年大相國家都にまし〱、女…
- p011…又或人の申せしは、正則が許へ御使に行き向ひしは鳥居左京亮忠政なり、忠政此仰を承り、おのが家に歸…
- p011…政命を落す事ありとも、相搆て汝等戰に及ぶ事ある可らずと固く誓はせて行く、正則に對面して仰の旨を傳ふ、正則やゝ有て答へ申すべき事あり、暫く待ち給へとて…
- p011…汝等戰に及ぶ事ある可らずと固く誓はせて行く、正則に對面して仰の旨を傳ふ、正則やゝ有て答へ申すべき事あり、暫く待ち給へとて內に入る、彼の館のうち殊の外…
- p011…彼の館のうち殊の外物騒しくなりしかど、忠政は只常の氣色にて彼の出居に居て正則が出來るを待つに、二時ばかりが後、正則長袴着して刀をも帶せず、幼き娘の手…
- p011…忠政は只常の氣色にて彼の出居に居て正則が出來るを待つに、二時ばかりが後、正則長袴着して刀をも帶せず、幼き娘の手を携へて出て來り、忠政に打向ひ正則はさ…
- p011…後、正則長袴着して刀をも帶せず、幼き娘の手を携へて出て來り、忠政に打向ひ正則はさしも當家には忠ある者に侍れば、いかなる事ありとも七代が中は罪ゆるさる…
- p011…家には忠ある者に侍れば、いかなる事ありとも七代が中は罪ゆるさるべき身の、正則が一生の程をだに過ぎ得ず、かゝる仰承るこそ恨めしけれ、されば正則が妻子等…
- p011…き身の、正則が一生の程をだに過ぎ得ず、かゝる仰承るこそ恨めしけれ、されば正則が妻子等一々に刺殺し和殿と刺違へて死なんずと思ひ極め、既に刀を拔きてまづ…
- p011…と申せしなり、忠政はかく取沈めたる人なりといふ事を承りぬ、此事いぶかし、正則が許への御使牧野花房たる事、既に其時執政よりの奉書案にも見えたり、忠政が…
- p011…餘年、事の明かならざる事かくの如し、これ史官の備らざるによる所か○或記に正則が罪蒙りしは、大御所の御遺命なり、正則當家に大忠ありしこと度々に及びしか…
- p011…れ史官の備らざるによる所か○或記に正則が罪蒙りしは、大御所の御遺命なり、正則當家に大忠ありしこと度々に及びしかど、その國中の土民等悉く虐政に苦しむこ…
- p011…なり、有難き御心なりけりと記せり、是れ世の人の信じ用ゐる事なり、兩御所の正則が舊功を忘れさせ給ひて、罪に處せられしと、後の世にぞ知り參らせんことを忌…
- p011…れさせ給ひて、罪に處せられしと、後の世にぞ知り參らせんことを忌み憚りて、正則が事をよく知らぬ人の、かく辭を飾りし所なり、尤も受け難きことなり、此書に…
- p012…をして此時に當らせ給ふとも、いかでかゝる事し給ひて世亂り給ふべき、それに正則がやゝもすれば、黨を結び盟を司どつて、東西の御中を隔て天下を亂さんとす、…
- p012…とせし由なり、其罪誠に淮夷徐戎の武庚祿父と共に叛きしよりも猶深し、たとへ正則よく其土民を用ゐる事ありとも、凡そ聖人にあつても其誅をゆるし給ふべからず…
- p012…くして、天下に敵せんと思ひし事のうたてさよ、かく頻りに罪を免されしこと、正則一人の舊功を思召ての事にはあらじ、天下の草創の初なれば、反側の人々の心を…
- p012…天下の草創の初なれば、反側の人々の心を安んじ給はん爲にこそあらめ、さらば正則が關原の戰の時、初に味方申せし事は如何にぞや、それも黑田甲斐守長政の勸め…
- p012…いふ事を記せる記あれど、疑はしければ長政の傳の下に精しく辯しぬ、是は當時正則の心に石田三成が計らひと知てければ、例の腹あしさに、日頃恨を積みし人に隨…
- p012…、かく罪せられしなどいふは、古の人の云ひけん腐儒の論にてこそあらめ、抑も正則故太閤の御事を慕ひ參らせて、大坂に忠を存ぜしは、其罪にはあらず、天命の既…
- p012…とも思はじ、さらば死の一事のみあるべきにや、其餘は暫く論ずべからず、これ正則は只管勇のみありて謀なき人の、妄に動きて禍を招きし者なり、誠に豐臣家に忠…
- p012…を謀らん事、大坂の軍起りし日、諫め參らせし書の如くにこそあらまほしけれ、正則が男備後守正勝が妾の腹にまうけし子あり、左兵衞正長といふ、本國にて生れて…
- p013…掃部助源正賴は正則が弟、初め豐臣家に仕へて伊勢國長島の城を領す、一万石慶長五年の秋上…
- p013…る所に關が原の合戰、上方の軍敗れしかば、勝胤何處ともなく落ち失せぬ、正賴正則が弟として、己が城を守り得たれば、此年十一月大和國宇陀の城を賜て移る、…
- p013…坊左近を御使として、汝が家人告け訴ふる所、汝が罪免れ難しと雖ども、汝が兄正則が功を思召すが故に、何の御咎もあらず、夫に又濫に法を犯して、剩へ奉行たら…
德永 第十二下 · 3
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히