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板倉重昌
本文表記 重昌・內膳正・板倉內膳正・板倉・板倉內膳正重昌・內膳正重昌・信昌・內膳・同內膳正殿
柳生宗矩劍術御師範の事竝宗矩先見の事 卷之十九 · 9
- p01…。是切支丹宗門の者にて、松倉に叛き候ての事なり、と早馬來り、板倉內膳正追討の御使を承り、早や御發向候、とぞ申しける。宗矩さらぬ體に…
- p01…、心得たりとて馬に鞍置きて牽立つ。宗矩打乘りて品川に馳著き、板倉は如何に、と問へば、遙に過ぎさせたりと答ふ。川崎に馳著きて問…
- p01…り。宗矩畏り、只今承り候へば、九州に切支丹宗門の逆徒發起し、內膳正重昌追討の御使を承り馳向ふ由、仰せと稱し、押止むべきと存じ追駈け…
- p01…討の御使輕くこそ候へ。宗門に附きて起る軍は大事のものにて候。重昌一定討死仕り申すべし。如何にも計つて止めばやと存じ候ひし、と…
- p01…。宗矩猶夜更くるまでも退出せず。此由聞召し、又御前に召して、重昌討死すべき子細は如何、と御尋有り。宗矩、さればこそ兵の道は勇…
- p01…り候ひぬ。三河國の一揆も近き御家の事にてこそ候へ。大坂の時、重昌年若く候へども敷十萬人に撰ばれ、唯一人大事の御使承りたる者な…
- p01…誰かは其下知を背くべきと思召したらんは、事の違ひにて候べし。重昌位高く祿も有りて、年頃重き職を司つて、常に人の敬ひ候はんには…
- p01…、年頃重き職を司つて、常に人の敬ひ候はんには然るべく候。今の重昌が身にて城を攻候ひなんに、西國の諸侯如何は下知に從ふべき。思…
- p01…々か、さあらずば宿老の內重ねて追討の御使下され候べし。然らば重昌何の面目有りて生きて再び關東に歸るべき。可惜人を土人等に打た…
板倉重昌肥前國島原の賊追討の事竝周防守重宗先見の事 卷之十九 · 9
- p01…島原にて寬永十四年切支丹一揆の時、討手に石川主殿頭忠綱、板倉內膳正重昌なるべし、と云ひけるを、石川聞きて、我年老いたり。板倉其器に…
- p01…內膳正重昌なるべし、と云ひけるを、石川聞きて、我年老いたり。板倉其器に當れり、と言はれしが、重昌仰を奉り、肥前に赴き、城落ち…
- p01…、石川聞きて、我年老いたり。板倉其器に當れり、と言はれしが、重昌仰を奉り、肥前に赴き、城落ちざりしかば、又討手の大將を下さる…
- p01…んも志に非ず。天晴仰を奉りて西國に赴かばや、とぞ言はれける。重昌筑紫に向ふ時、京都にて所司代板倉周防守重宗に對面有りて、今度…
- p01…周防守重宗に對面有りて、今度の仰せを承る事辱き由語られけり。重昌旣に京都を立ちて後、重宗、重昌が思ふ所を察するに必ず討死すべ…
- p01…仰せを承る事辱き由語られけり。重昌旣に京都を立ちて後、重宗、重昌が思ふ所を察するに必ず討死すべし。再會是迄なり、と言はれけり…
- p01…なり、と言はれけり。松平伊豆守信綱肥前に進發せらると聞きて、信昌城を攻めて討死せられたり。人重宗に其謂を問ふ。重宗、城に籠る…
- p01…り。人重宗に其謂を問ふ。重宗、城に籠る者は百姓の身なる故に、內膳正忽ち攻落すべしと思へる色顯れたり。假令此城を攻落すとも、一揆…
- p01…し。容易く落つべからず。日數を經ば又他の大將を指向られんに、內膳何ぞ生きて歸るべき。吾是を以て討死せん事を知りぬ、と言はれけ…
板倉重宗京都所司代の事附板倉勝重器量の事 卷之二十 · 7
- p02…ひしが、還俗して四郞右衞門と言ひけり。勝重嫡男を重宗、次男を重昌といふ。二人共江戶に在り。或時大猷院殿訴訟を一つ巧に構へさせ…
- p02…一つ巧に構へさせ給ひ、二人を召して、判斷せよ、と仰有りけり。重昌仰を奉り、理非分明に決定して退出す。重宗稍久しく思慮して後、…
- p02…退出し、二三日過ぎて後御前に參り、判斷の旨を申したるに、弟の重昌が申したるに相同じ。人々、兄に勝りたる重昌なり、と賞め合へり…
- p02…を申したるに、弟の重昌が申したるに相同じ。人々、兄に勝りたる重昌なり、と賞め合へり。其後勝重京より江戶に下りし時、大猷院殿彼…
- p02…より江戶に下りし時、大猷院殿彼の訴の判斷の事詳に示させ給ひ、重昌が才器を御感あり。勝重承り、內膳正は若氣にて思慮無く候。周防…
- p02…訴の判斷の事詳に示させ給ひ、重昌が才器を御感あり。勝重承り、內膳正は若氣にて思慮無く候。周防守は國家の政事を取り候とも其任に叶…
- p02…じく候。只打見たる所を以て己が智慧を人に見せんと存ずる所は、重昌が若氣と申す物にて思慮無く候、と申しければ、御感淺からざりし…
板倉重矩の事 卷之二十 · 1
- p02…重矩は伊賀守勝重の孫にて、島原に於て討死有りし內膳正の子周防守重宗の從子なり。瞎にて長卑く、以ての外見苦しき人な…
石川重之功名竝隱遁の事 卷之二十二 · 1
- p01…なく書を讀み經史に通じ詩を善せり。丈山三十三の時とかや。其後板倉內膳正重昌丈山の流落を傷み、淺野但馬守長晟に語りしかば、長晟賓客の遇に…
伴助右衞門水戶家へ召抱へらるゝ事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…賊有馬の城に據り、諸將圍攻る時、賊强くして寄手利あらず。上使板倉內膳正討死の後、松平伊豆守信綱の下知として攻を止め、竹束を附寄圍む…
識語 附錄 雨夜燈 · 1
- p01…の段、第五條の次に板倉伊賀守殿所司代の段、其次に同內膳正殿言行の段、其次に土屋但馬守殿の段、其次に番大膳申…
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