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甲斐国府中
本文表記 甲府・府中
甲斐國韮崎合戰の事 卷之一 · 2
板垣信形饗應黑白を分る事 卷之一 · 2
羽柴秀吉遠計を以て信玄を欺く事 卷之一 · 9
- p01…田信玄北條と戰ひけるに大に打勝ちければ、勝閧の式を取行ひて、甲府へ凱旋せんとて諸勢を纏め引揚げつゝ、勝手大明神と云ふ社の前に…
- p01…云ふ神の前にて我が落馬せし事、如何にも不審や、と心に掛けつゝ甲府にぞ歸られける。爰に織田信長は當時近畿に威を震ひ、何卒天下一…
- p01…條の後詰と戰ひしが、眞田の智計を以て北條家の大軍を破り、其後甲府へ歸陣の途中、信玄勝手大明神の前にて落馬せし事まで委しく告げ…
- p01…悅び、旣に信玄が命數を縮むる時至れり、と密に一首の歌を作りて甲府へ遣し、間者に之を諷はせ、何國ともなく流行せける。卽ち其歌に…
- p03…限りし兆候にもや有りなんか、と快々として樂まざりける。折から甲府近邊怪しき歌の流行りければ、信玄、偖は我が命數限れる前兆なる…
- p03…るに、全く其の甲斐無く、今は早や食事も進まぬ程に成りぬれば、甲府の諸將大に驚き、偖は此の程何國とも無く怪しき諷の流行出せしは…
- p03…が所業にて、我が君を欺きしよな。いでや我君の病を癒さん、とて甲府へ來り、急ぎ登城して信玄の病床を訪ひ奉りしに、信玄賴み少なの…
- p03…都へぞ送りける。此の時羽柴秀吉は京都の政事を掌り居たりしが、甲府へ入れ置きし間者より、信玄此方の謀計に當り、病床に打臥せし由…
- p05…拍ち、一度は驚き一度は感じ、偖怖しき眞田哉。先達君の遠計にて甲府表に童謠を流行せ、信玄が心を苦しめしを、彼れ必定此方の謀略な…
武田信玄自己の像を造る事 卷之二 · 3
眞田昌幸北條勢を欺く事 卷之二 · 1
- p01…ず、敵の捨てたる武具、馬具、旗幕、指物に至るまで悉皆取納め、甲府を指して悠々と凱旋なしにける。…
大河內政房節義の事 卷之四 · 1
- p01…市兵衞昌朝已下切つて出で、岡部は討死し、橫田、相木は切り脫て甲府に落ち行きけり。城落ちければ石川伯耆守數正城に入りて政房を搜…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p01…を用ひず。勝賴郡內に赴きて死して國亡びぬ。北條氏政兵を出して甲府を攻取らんとする時、昌幸德川家に屬し、依田信蕃と碓氷嶺に陣し…
渡邊內藏助が子城を落ちし事 卷之二十二 · 1
- p01…柳土佐守末榮など緣の方より還俗させられしかば、程經て文照院殿甲府に御座しませし時、此事を嘆きて遂に甲府に仕へ、渡邊權兵衞とて…
伊藤伊右衞門武田勝賴を討ちしを津田幸庵物語の事 拾遺 卷之一 · 1
- p01…べし、と告ぐる故、是まで來たる證據に首共を馬に附け歸るべし。府中へ歸りたれば、勝賴高遠へ籠りたるも風說にて沙汰なし。田野にて…
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