地名索引 › 中山道
中山道
本文表記 山道
本多 第四上 · 1
- p011…て、名をあらはす、慶長三年に叙爵す、關が原の戰には、中納言殿の御供して、山道より上りければ、軍にはあはず、同十四年父の所領を讓らる、大坂の兵起りし時…
榊原 第四上 · 5
- p003…、まづ此所の軍をば止め、引かへして上方へ向かはせ玉ふべきにて、中納言殿は山道を打て登らせ玉ふに、信濃の眞田が上田の城に立こもつて、御勢を遮らんとす、…
- p003…ねて軍の御首途あらん期をも告させ玉ひ、また海道よりも、御使を參らせられ、山道の御勢を催さるべき事ならずや、また今暫く、淸洲の城に御陣を止められ、山道…
- p003…山道の御勢を催さるべき事ならずや、また今暫く、淸洲の城に御陣を止められ、山道の御勢を待せたまふとも、三成等が謀、如何ほどの事か候べきに、など御軍をば…
- p003…所なく申ければ、さればこそ、八月晦日の日、使を馳せて、明日首途すと告け、山道の勢も急き馳上りて、軍の手合せせよといひつれと宣ふ、康政さん候、其御使今…
- p003…ば九月廿五日、伏見の御城にて御對面在て、海道の軍のやうを、御物語りあり、山道の事をも問せ玉ひしかば、中納言殿みづから御筆を染られ、康政が此度の心ざし…
大久保 第四中 · 2
鳥居 第四中 · 1
- p009…平成次は、彥右衞門元忠が二男、若き時より將軍家に仕へ奉る、關が原の御時、山道の御供し、此時石田三成を預け給はりし事、忠政が傳に見ゆ、大坂前後の…
戶田 第四下 · 1
- p001…り、五千石慶長五年、東西一時に軍起りし時、中納言殿に屬ひ參らせて、山道より馳上り、信濃の國に至り給ひ、眞田安房守昌幸が籠たる上田の城を攻めさせ…
牧野 第四下 · 1
- p003…五年の秋、東西一時に軍起りしに、康成子息新二郞忠成父子、中納言殿に從て、山道をのぼる、八月七日、眞田昌幸が兵、上田の城より切て出て御方散々に打なさる…
高木 第四下 · 1
- p001…凡八年、寛永七年十一月晦日卒す六十八歲、其子主水正正成、關が原の戰の時、山道の御供して、今年所領の地を給ひ、千石大坂の戰に、將軍家に隨て、高名…
安藤 第五 · 1
- p003…高名し、其後中納言殿に附られて、宇都宮の御陣に隨ひ、上方の兵、起しかば、山道の御供す、此年慶長五年四月九日叙爵し、同十五年十二月廿五日上野國吉井の地…
米津 第五 · 1
- p005…が原の軍に隨ひ、文祿中、中納言家に付られて使番の職を奉り、慶長五年の秋、山道の供奉し、同九年、關東の町奉行職を承り、寛永元年十一月廿二日、六十二歲に…
奧平 第六 · 1
- p007…沼忠七郞殿と申す、同き五年の秋、石田等が兵起し時、中納言殿の御供して、山道をのぼり、信濃の上田の城を攻めて、忠政只一手にて搦手を攻破る、双なき高名…
小笠原 第六 · 1
- p001…後美濃國の高須の地を賜てぞ移りける、關が原の戰には、中納言殿の御供して、山道をのぼる、同き十二年伏見の城を守る大坂の軍には、將軍家の先陣うつて戰ふ、…
諏訪 第六 · 1
- p001…元年上野國總社に移る、同き二年小太郞賴水父が家を繼き、關が原の合戰の時、山道の御供して打て上り、明れば慶長六年本領諏訪の郡を給ふ、二萬三千石を給ひ…
土屋 第六 · 1
- p003…め三百俵の祿米給ひ、此時に三千石を領せしなり、慶長五年關が原の戰に、山道の御供し、同七年上總國久留里の城を給ふ、二万石…
屋代 第六 · 2
山口 第六 · 2
淺野 第七上 · 1
- p001…由を知召し、常には訪せ給ひける、石田等が兵起りし時、中納言殿の御供して、山道よりのぼる、嫡男左京大夫幸長、此度の戰功に依て、紀伊の國賜りて移る、同き…
森 第七下 · 1
- p001…軍、一時に起りし時、忠政初め東國に馳せ下り、又引返し、中納言殿の御供して山道を上り、眞田安房守昌幸を防がんがため、本國に留る、慶長八年二月六日、美作…
上杉 第八下 · 1
- p019…まるらせんとす、德川殿御父子、先づ東國の軍を止め、下野國より引返し、海道山道二手に分て、攻め上らせ給ひけり、景勝が軍勢、陸奥出羽の際にして、伊達最上…
眞田 第九上 · 1
- p005…、此由を聞召し、御消息を給て、信幸が志を感し給ふこと斜ならず、中納言殿、山道より攻登らせ給ふ時、昌幸幸村、御勢を留め參らせんと計る、信幸先陣賜はりて…
遠山 第九上 · 2
仙石 第九上 · 1
- p001…慶長五年の秋、秀久德川殿に隨て、奧州に發向す、上方又亂れしかば、中納言殿山道を攻上らせ給ふに極つて、秀久又彼の御手に隨ひ、下野國より引返へす、爰に信…
大關 第九下 · 1
- p003…ば、御陣は下野の小山に召されたり、上方の軍又起り、德川殿御父子引返して、山道海道二手に分つて、攻上らせ給ひしかば、那須の人々は、本國を守て、上杉と戰…
高力 第十一 · 1
- p003…を賜る、靑江吉次の御刀を給ふといふ明れば慶長五年、東西の軍起りし時山道の御供す、同き十年七月叙爵して左近大夫になされけり、同き十四年三月、岩槻…
藤田 第十二下 · 1
- p003…て信濃國諏訪の温泉に浴みせんとて趣き、身のいたみ以の外になり、醫療のため山道を經て都に上る、鳥居峠の麓奈良井といふ所にて、元和二年七月十四日五十九歲…
石川 第十二下 · 1
- p005…給ふ、二万石關が原の戰には東國の御方として、康長中納言殿の御供して山道より打て上る、眞田が城を守るべしとの仰せ蒙て、おのが城に止りけり、慶長十…
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