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前田利家
본문 표기 利家・前田・大納言利家・大納言・利家大納言・加賀大納言利家・前田又左衞門尉利家・利家前田・犬丸・孫四郞・又左衞門尉・羽柴筑前守・此卿・加賀の利家・前田又左衞門尉・筑前守利家・前田筑前守利家・前田利家
淺野 第七上 · 4
- p001…相偶して、二人の娘あり、長勝その二人の娘、養うて子とし、姊は織田殿の家人前田又左衞門尉利家が、なかだちにて、木下藤吉にあはせ、秀吉を長勝が長屋に入聟にして…
- p001…しとも思へず、今は秀吉みづから向はんと思ふ、三十萬の勢を三手に押し分け、利家前田氏鄕蒲生に大將させ、三道より向ひ、朝鮮を打ち破り、まつすぐに大明…
- p001…せば、心に懸る所なし、かた〱如何にや思ふと仰せある、德川殿御氣色損じて、利家氏鄕等に向ひ、日本の大名、多き中に、かた〲二人撰り出されて、一方の大將を…
- p001…、おのが主と賴たらん者に、雜言をはく條奇怪なりと、飛かゝらんとし給ふを、利家氏鄕押隔て、人々御前に伺公せり、長政が首を刎られんに、御手を下さるゝまで…
前田 第七上 · 36
- p001…中納言菅原利長は、大納言利家の男なり、利家の父前田藏人利昌、尾張の國海東郡荒子の城を領す、七千石…
- p001…中納言菅原利長は、大納言利家の男なり、利家の父前田藏人利昌、尾張の國海東郡荒子の城を領す、七千石と云、男子凡…
- p001…藏人利昌、尾張の國海東郡荒子の城を領す、七千石と云、男子凡そ六人、利家は第四の男、系圖には嫡子とせり不審、童名犬丸、改めて孫四郞と名のる…
- p001…と云、男子凡そ六人、利家は第四の男、系圖には嫡子とせり不審、童名犬丸、改めて孫四郞と名のる、…
- p001…凡そ六人、利家は第四の男、系圖には嫡子とせり不審、童名犬丸、改めて孫四郞と名のる、…
- p002…六才の時、弘治二年の事と云なり、又天文二十三年の事といふ、不審、利家十四才の時ならば、天文二十年也、其後故ありて、織田殿の童坊を斬て逃去り…
- p002…斬て逃去りぬ、童坊名は十阿彌といふ、此事十八歲の時といふ、かの童坊、利家の刀の笄を盜みしより事起りしといふ、弘治二年の夏、信長舍弟武藏守信之と…
- p002…みしより事起りしといふ、弘治二年の夏、信長舍弟武藏守信之と軍ありし時、利家首二つを切り、信之の侍宮井勘兵衞尉に面射られ、終に宮井が首取て、信長の御…
- p002…義大夫が弟慶二郞を養て子とせしなり、此慶二郞世にかくれなき勇士なり、利家また改めて又左衞門尉と名のる、永祿三年桶迫の合戰に、首二つを切る、同き四…
- p002…郞を養て子とせしなり、此慶二郞世にかくれなき勇士なり、利家また改めて又左衞門尉と名のる、永祿三年桶迫の合戰に、首二つを切る、同き四年森部合戰に先懸して…
- p002…れしといふ、いづれが實なる、同き八年九月、近江の國箕作の城を攻めらる、利家使を承り、先陣に行向て、眞先に首取て歸る同き十年母衣武者十九人を撰定めら…
- p002…、先陣に行向て、眞先に首取て歸る同き十年母衣武者十九人を撰定められし時、利家赤母衣を許さる、信長記に出づ、一說に利家は森部合戰の功に因て免されし…
- p002…衣武者十九人を撰定められし時、利家赤母衣を許さる、信長記に出づ、一說に利家は森部合戰の功に因て免されしと兩說あり、元龜元年九月、攝津國大…
- p002…と兩說あり、元龜元年九月、攝津國大坂の合戰、味方散々に打なされ、利家一人蹈み止り、追來る敵を打破りて引返へす、其抽賞に所領多く加へらる、初…
- p002…返へす、其抽賞に所領多く加へらる、初め一万石を領す、當時天下に傳へし前田が堤の上の槍、此事なり、天正三年五月、長篠の合戰に足輕の兵ひきゐ…
- p002…越中の國魚津の城を攻おとす、十年能登の國石動山の敵を討亡し、十一年の春、利家父子柴田に組みして、羽柴筑前守秀吉を討たんと、近江國に發向し、四月廿一日…
- p002…前守秀吉を討たんと、近江國に發向し、四月廿一日志津が岳の戰ひ敗れしかば、利家府中の城に引返へす、勝家やがて府中の城に落ち來り、利家父子に對面し、湯漬…
- p002…の戰ひ敗れしかば、利家府中の城に引返へす、勝家やがて府中の城に落ち來り、利家父子に對面し、湯漬乞うて喰ひ、疲れざる馬壹疋たぶべしとて、打乘て出づ、利…
- p002…家父子に對面し、湯漬乞うて喰ひ、疲れざる馬壹疋たぶべしとて、打乘て出づ、利家道のほど送り參らせんと打出づる、勝家固く辭して立別る、又利家を呼返へし、…
- p002…打乘て出づ、利家道のほど送り參らせんと打出づる、勝家固く辭して立別る、又利家を呼返へし、和殿羽柴と年頃のよしみあり、けふよりは勝家との盟を棄てゝ、和…
- p002…云ひ捨て、北の庄へ趣く、秀吉續て北庄を攻落せば、勝家腹切て死す、秀吉また利家を賴みて、加賀の國を平け、其賞として石川河北二郡を與へ、御山の城を守らす…
- p002…川河北二郡を與へ、御山の城を守らす、御山は今の金澤の城なり、かくて利家、加賀能登の境、末森と云ふ所に城廓を構ふ、佐々內藏助成政越中にあり、…
- p002…々內藏助成政越中にあり、北畠殿の御方として、まづ末森を落さんとす、利家やがて後卷し、成政も引て歸る、幾程なくて、能登の國平きぬ、秀吉此由を聞き…
- p002…勿論なり、其賞などか無かるべきとて、叙爵させ、我が名字をも官をも讓りて、羽柴筑前守と名のらせ、子息も劣らぬ人なれば、同しく名字をまゐらせ、叙爵させ、羽柴肥…
- p002…紋をも賜ふと云ふ同き十三年の秋、秀吉佐々を攻降し、越中國三郡を割て、利家これを領せんこと一兩年、其後は子息利勝に讓るべしとてたびてけり、利長を…
- p002…言に轉じ、家司二人任官す、高畠織部中川清六郞同き三年太閤薨じ給ひ、利家を以て若君の傅と定られしかば、天下の倚賴、當世の權威此人に並ぶ者なし、明…
- p002…、明る四年の春、豐臣家の奉行等、此人の威を假りて、德川殿を失はんと謀る、利家德川殿と間快からず、細川越中守忠興、利家に親しければ、此卿が彼等に、たば…
- p002…を假りて、德川殿を失はんと謀る、利家德川殿と間快からず、細川越中守忠興、利家に親しければ、此卿が彼等に、たばかられて、家滅さん事を歎き、さま〲に教訓…
- p002…失はんと謀る、利家德川殿と間快からず、細川越中守忠興、利家に親しければ、此卿が彼等に、たばかられて、家滅さん事を歎き、さま〲に教訓す、利家頓て事の情…
- p002…しければ、此卿が彼等に、たばかられて、家滅さん事を歎き、さま〲に教訓す、利家頓て事の情を察し、德川殿によしみ結ばんとて、我が病を助けて、大坂の城より…
- p002…み結ばんとて、我が病を助けて、大坂の城より伏見の御舘に參らる、德川殿も又利家の病、日々に重しと聞召し、彼が大坂の家に至て訪せ給ひしかば、利家悅びに堪…
- p002…川殿も又利家の病、日々に重しと聞召し、彼が大坂の家に至て訪せ給ひしかば、利家悅びに堪へず、子息等が事、深く賴み申て、閏三月三日、六十二歲にて薨ず、從…
- p002…ひし時、秀賴の傳を仰置る利長をば御いたきもりと定らるといふ父利家薨じて後、加賀越中の地を領し、八十一万石を領す、能登國は舍弟侍從利政…
- p004…す、年五十三歲、正二位大納言を贈らるとぞ聞えし、中納言利常始は利光利家大納言の末子、生年九歲にして、兄利長の世嗣となり、大相國家の姫君に添ひ參らせ、…
- p007…大和守菅原利孝は、大納言利家の四男、將軍家より別に所帶を賜ひぬ、上野七日市の地一万石世に傳ふる…
- p007…男、將軍家より別に所帶を賜ひぬ、上野七日市の地一万石世に傳ふるは、利家の舍弟を前田右近秀繼といふ、此大和守利孝、其世嗣となりしなり、其後利長の…
伊達 第七下 · 4
- p010…成實記を見るに、此年六月の比、名護屋の陣にして、德川殿の御家人と、加賀の利家が家人と、忽に軍せんとす、たとへば德川殿の御陣の邊りに、冷かなる泉、流れ…
- p010…と、忽に軍せんとす、たとへば德川殿の御陣の邊りに、冷かなる泉、流れ出づ、利家の雜兵等來り汲む、水多からざれば、汲み盡す事、度々に及びぬ、德川家の下部…
- p010…なかりしかば、狼籍既に起らんとす、政宗が陣、無碍に近く、日比又德川殿にも利家にも親し、されども事出來なんには、德川殿の方人すべしと見えければ、家子郞…
- p010…御內に渡邊服部兩半藏とて、かくれなき足輕大將、鐵砲三百挺餘に火繩かうて、利家の陣の後なる山に打上りて、事起ると見ば、大將の陣を打破るべう見えしかば、…
細川 第七下 · 7
- p009…太閣薨じ給ひ、かの家の奉行等、加賀大納言利家を勸めて、德川殿失ひまゐらせんと謀る、忠興が嫡男與一郞忠隆は、大納言の娘…
- p009…大納言利家を勸めて、德川殿失ひまゐらせんと謀る、忠興が嫡男與一郞忠隆は、大納言の娘を妻としければ、緣故に就て親かりし程に、忠興大納言を固く諫てければ、…
- p009…嫡男與一郞忠隆は、大納言の娘を妻としければ、緣故に就て親かりし程に、忠興大納言を固く諫てければ、利家も奉行等まづ內府失うて、其後我をも傾けんとする謀な…
- p009…の娘を妻としければ、緣故に就て親かりし程に、忠興大納言を固く諫てければ、利家も奉行等まづ內府失うて、其後我をも傾けんとする謀なりけりと悟つて、德川殿…
- p010…ある人曰く、忠興がかく大納言を謀りし事、偏に利家が家のためのみにあらず、凡は德川殿の御爲とぞ聞えし、…
- p010…ある人曰く、忠興がかく大納言を謀りし事、偏に利家が家のためのみにあらず、凡は德川殿の御爲とぞ聞えし、其故は、去る文祿年中…
- p010…とて、御暇申て出てぬ、されば日比は德川殿に親しからぬ忠興が、諫めし故に、利家も只管に、我家の事を思ふなりと心得て、忠興が申す旨に從ひしとなり、…
毛利 第八上 · 1
- p006…、御跡の事、賴み給ふよし、輝元に仰せ置れき、同き四年の春、大坂の奉行等、利家秀家輝元等を初め、宗徒の大名勸めて、德川殿失はんとせしかども、事ならずし…
上杉 第八下 · 3
丹羽 第八下 · 1
- p003…む、長重が家人大に怒て、織田殿の御時より、丹羽は一方の大將にて、利長の父利家は、被官の樣まてこそありつれ、故大閣の時に至りて、當家かく衰ふるといへど…
金森 第九上 · 1
- p001…死してけり、幾程なくて、柴田羽柴、不快の中と成て、旣に軍起らんとす、長近前田不破の人々と兩家の中直したり、明れば十一年二月、勝家秀吉の兵、終に起て、…
織田 第十下 · 1
- p003…嗣と仰き參らせん公達は、美濃殿にこそおはすれとて、信孝に力を合せ瀧川佐々前田等も、同く信孝の御方にぞ候ひける、勝家終に戰ひ負て自害しぬ、秀吉やがて岐…
本多 第十一 · 1
- p010…瀧川左近將監一益が足輕大將となつて城を攻め破る、十二年九月十三日加賀の國前田筑前守利家が足輕大將として末森の城の後卷し、佐々內藏助成政が勢と戰ひ、十五年四月朔…
金吾 第十二上 · 2
福嶋 第十二上 · 1
- p003…姪なり正則が嫡男刑部少輔正之の妻に定められしより事起りて、大坂の奉行等加賀大納言利家を勸めて德川殿失ひ參らせんとす、これ奉行等と謀り給はで私に仰せ合…
堀尾 第十二上 · 2
成田 第十二下 · 1
- p003…らる、かくて忍の城の寄手攻あぐみぬと聞えて、北陸道より攻め下れる大將上杉前田、寄手に馳せ加らんとす、主の成田既に降りぬと聞て、城中の兵も降人になつて…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히