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常陸国
본문 표기 常陸國・常陸・常陸の國
松平(藤井) 第二 · 1
- p003…の城を給ひ、此事不審、七年の事にあらずや伊豆守に任し、同七年五月、常陸の佐竹、出羽に移されて、水戶の城を守る事、此年七月下旬より、午年正月に至…
大久保 第四中 · 1
- p009…ひしに、忠隣して送らせらる、七年の五月佐竹が仙北に徒されし時、忠隣正信、常陸國に向て、國制を定む、忠隣男子七人あり、嫡子新十郞忠常、加賀守に任し、所領…
鳥居 第四中 · 1
- p002…返しぬ、夫より後、每年の冬、綿厚く入たる衣四五領、使者にて持たせ、遙々と常陸國に送り遣し、音信を通ずる事、忠政一期の程、終に怠らず、水戶殿此由を聞召大…
永井 第五 · 1
- p011…國を除かれし時、直勝御使として行向ひ、事故なく、安藝備後等を收取る、此年常陸の柿岡土浦等の地加へらる、二万石を加へられて五万二千石を領す…
安藤 第五 · 1
- p003…川の地を加給ふ、一万石を加へられて、一万五千石を領すといふ、十八年常陸下總等にして所領加給ひ、鹿島結城二万石を給り、三万五千石に至る、一說…
太田 第六 · 1
- p006…たり、其家の系圖誤るべきにあらず、疑ふべきにあらず、去ながら三樂が、後に常陸にてまうけし子太田安房守といふは、三河守殿に仕へて、越前國にあり、彼れ太…
伊達 第七下 · 1
- p002…郡を領せしは、朝宗が子宗村が時の事なるべし、一說に中納言山蔭の後胤朝宗、常陸の國に下り、中村に住す、其子宗村常陸介に任す、常陸入道念西これなり、宗村後に…
上杉 第八下 · 2
佐竹 第八下 · 6
- p001…三男、新羅三郞義光の孫、佐竹の冠者昌義十八代の後胤なり、昌義母方に付て、常陸の國に下り、久慈の郡佐竹の地を領しぬれば、佐竹とは名乘りけり、昌義が孫佐竹別…
- p001…管領上杉亡ひしかば、關東八家の人々、悉く北條に隨ふ、北條武田軍起りて後、常陸下野の國人等、又北條を背て、義重に隨ふ、此より又佐竹北條が戰、止む事なし…
- p001…れ住む關白秀吉、北條を討ち給ふ時、義宣軍勢を引率して、御方に參りければ、常陸國を賜て南方三十三館の大將を承る、關白伏見に移り給ひし後、義宣彼所に家造り…
- p001…に侍りしに、三成も同じく參て、御物語の序に、君は未だ知し召れずや、抑かの常陸國の事、義宣が下知に任すべきの條、既に御敎書を成し下されぬ、夫に彼國人等、…
- p001…れけん、させる御咎めもなし、同き七年五月八日、義宣伏見に侍ひしを召され、常陸國をば、收公せられ、八十万石出羽の國秋田の地を賜て移さる、二十万五…
- p001…れ、八十万石出羽の國秋田の地を賜て移さる、二十万五千石餘此日常陸國に、御使を下され、父義重を始とし、宗徒の家人等にも此由を仰せ下されたり、…
相馬 第八下 · 3
中川 第九下 · 1
- p001…鎭守府將軍平良文が六代、秩父下野權守重純が三男、高山三郞重遠が末孫、世々常陸國に住す、重淸が時に至り、都に上り又攝津の國に趣く、當國多田の源氏、左衞門…
上總介殿 第十一 · 1
- p008…ひぬ、將軍家關東に歸らせ給ひて、六月廿六日花井主水が首を刎ねらる、此程は常陸國に流されて松平丹波守康長が預りにてぞありける、又安西右馬允もおのが命を惜…
藤田 第十二下 · 1
- p003…常陸の佐竹、秋田の城に移されし時、能登守重信水戶の城を守る、佐竹が家人群馬丹…
佐野 第十二下 · 1
- p003…定しぬ、宗綱が弟の僧になりて、佐野の庄天德寺に住しけるを、この和尙一人は常陸の佐竹が子を迎へて、家繼がせんと議す、大貫、越中竹澤源三郞山…
瀧川 第十二下 · 1
- p010…後關東に召されて常に將軍家に伺候す、御咄の衆の中なり同き十五年の秋常陸の國にして所領賜はる、一万石其男勘右衞門尉正利父が跡繼いて大坂前後の戰…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히