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毛利元就
本文表記 元就・毛利・家君
毛利元就嚴島合戰附盲人間者の事 卷之一 · 18
- p01…陶尾張守晴賢、大內義隆を弑しければ、毛利元就陶を打滅さんと謀られけり。陶盲法師一人を間者として元就の謀を…
- p01…、毛利元就陶を打滅さんと謀られけり。陶盲法師一人を間者として元就の謀を知る。元就始は斯くとも知られざりしが、稍心附きぬ。或時…
- p01…滅さんと謀られけり。陶盲法師一人を間者として元就の謀を知る。元就始は斯くとも知られざりしが、稍心附きぬ。或時陶が臣永來丹後守…
- p01…ん事近きに有り、と語られけるを、彼法師軈て陶に告げたりけり。元就又書簡を贈らる。永來は周防の岩國の城に在り、彼の書簡を山口に…
- p01…ひ取るべきやうに仕度せられければ、陶大に怒つて永來を殺しぬ。元就彌彼法師を近づけ、平家を語り習ふと稱し側を離されず。陶傳へ聞…
- p01…平家を語り習ふと稱し側を離されず。陶傳へ聞きて悅ぶ事限なし。元就また或夜軍評定せられけるが、敵大軍にて宮島に押渡らば如何はせ…
- p01…十月、四萬餘大船にと乘りて宮島に打渡り、四方を取り圍みたり。元就も今度は十死一生の軍と思ひ定め、吉田の城を出でて僅に四千許の…
- p01…、心を合せ、士一人祝のまねさせ、宮島に渡らせらる。陶が者共、元就は如何にと問ふ。祝、さん候。元就は草津廿日市へ陶殿押寄せたま…
- p01…宮島に渡らせらる。陶が者共、元就は如何にと問ふ。祝、さん候。元就は草津廿日市へ陶殿押寄せたまはんには勝利なるべきを、宮島を攻…
- p01…御座し候が、引返され候らめ、と語る。是れより陶が者共怠りぬ。元就は窃に軍の仕度をなし、一手は洲屋明神の前より船より上り、天本…
- p01…、と謀を定めらる。十月晦日今日草津に引退くべし。風雨止まずば元就は今夜火立浦に滯るべし。二日の兵粮を物の具の上に附けよ、とて…
- p01…べし。疾く船に乘るべし、と下知し、ひた〱と打乘り篝な點しそ。元就が船の火を標に艫舳の梶を守れ、とて酉の刻許に火立浦を出づる折…
- p01…の西に著きて陸に上り、船をば一艘も殘らず火立浦に返されけり。元就彼の盲法師を引出し、汝故にこそ今日年頃の志をば遂げつれ、とて…
- p01…結ひ附けたる松明に火を附けたれば、陶が軍兵驚き騷ぎける處を、元就をめいて先を駈けたれば、陶が者共數百人討死しけり。元春隆景も…
- p01…討たれ、陶が軍散々に敗北しけり。陶も旗本を進めて隆景と戰ふ。元就の兵栗屋又四郞眞先駈けて討死す。元就脇より切つて懸り、終に打…
- p01…旗本を進めて隆景と戰ふ。元就の兵栗屋又四郞眞先駈けて討死す。元就脇より切つて懸り、終に打勝れければ、陶は引退きて道場山にあり…
- p01…に打勝れければ、陶は引退きて道場山にあり。明れば十一月朔日、元就諸軍を集め、卯の刻より午の時まで十二度の戰に、互に討たるゝ者…
- p01…取る所の首四千七百八十餘、生捕八百五十餘人とかや。是より西國元就に靡き從ひけり。…
元就伊豫の河野に船を借られし事 卷之一 · 3
木全知矩連歌の事 卷之一 · 4
吉川元春醜婦を娶る事 卷之一 · 3
遠藤喜三郞三村家親を打つ事竝備前明禪寺合戰の事 卷之二 · 1
- p01…浮田直家近國を攻め取らんとす。毛利元就備中松山の城主三村紀伊守家親に下知して、美作の三星の城を攻め…
浦兵部高名の事 卷之三 · 2
三宅喜藏武勇の事 卷之十五 · 1
- p01…衞門元次が二男にて、兄の元重に劣らぬ大剛の者なるが、毛利元就と軍する事度々に及びけるに、敵寄ると聞きて只一騎馬上にて上帶…
小早川隆景遺訓の事 卷之十六 · 2
毛利元就大內義隆に諫言の事竝熊澤助右衞門格言の事 附錄 雨夜燈 · 1
- p01…の陶尾張守晴賢に任せられしかば、尾張守二心を持つきざし有り。毛利元就是を察し、或夜密に義隆の前に出て、古より國を奪ひ候事皆その家…
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