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三河国岡崎
본문 표기 岡崎・參河國岡崎
松平(形原) 第二 · 1
- p001…「關東に移り給ひし後、上總國五井を領す、五千石、關が原の戰ひには、參河國岡崎を守る、慶長十五年の冬、叙爵す、元和五年攝津國高槻の城を給ひ、二萬石、…
松平(久松) 第三 · 3
酒井 第四上 · 2
本多 第四上 · 3
本多 第四上 · 3
大久保 第四中 · 5
- p003…て彼手に從ふ輩なり、如何で反逆の人に組みして、正しき君には背くべき、いざ岡崎に參らんといひしかば、人々皆尤〱と同じて、岡崎殿に馳參る信孝彼等を賴んで…
- p003…れて、御家人に召返されん事を望む、御許し有べしとも聞えず、忠利入道常源、岡崎に參て、抑今度御家人等が背き參らせし事、君を恨み申事あるにても候はず、只…
- p005…ども、人々引て歸りしかば、其身も小諸城に歸る、同き十一月石川伯耆守數正、岡崎を去て、都に登り、三河遠江の間、以の外に騷動す、急ぎ御使を給て、忠世を召…
- p005…此後東西御和睦あつて、德川殿關白秀吉に御對面のために、都に登り玉ひ、大廳岡崎に下り給ふに、忠世、井伊本多作左衞門重次なりと共に、御後に留る、小…
- p009…移りありと記せり、考異には、十四年九月十一日にまづ御移り有て、廿四日に岡崎に趣き、廿七日に濱松に歸らせ玉ひ、十月に關白殿との御和睦なると載せ…
石川 第四中 · 2
植村 第四中 · 2
松平(戶田二連木) 第四下 · 1
- p006…まだ見ず、三遠記に、主殿助の御方に參りし年に、本多彥八郞忠次が、伊奈より岡崎へ返るとて、吉田を攻むべき謀事を思ひよりて、先陣を望みしかば、戶田主殿助…
戶田(田原) 第四下 · 3
牧野 第四下 · 1
- p002…殿の爲に戰死して、城また陷る、是は牧野が族傳兵衞尉某、正岡の城にありて、岡崎表に心を合せしが故なりしかば、頓て傳兵衞尉して、其城を守らしめらる、其後…
酒井 第五 · 3
小笠原 第六 · 1
- p001…より貞慶また眞田と同しく、秀吉と心を合す、十三年十一月、石川伯耆守數正、岡崎を去て秀吉へ參し時、貞慶が人質をも引具して行く、かねて貞慶といひ合せし旨…
高力 第十一 · 2
天野 第十一 · 7
- p003…云ふ事もさたかならず織田備後守信秀に心を合て、岡野上利田に要害搆へて岡崎に背き、事既に難儀に及びしかば、岡崎殿御家人等を召集められ、人々の意見を…
- p003…御迎の爲に潮見坂の邊に假屋を打つて御待ち設けす、かゝる所に森平太とて元は岡崎の侍、今は尾張國にあつて林佐渡守に仕ふ、竊かに御供の人々の許に來て、人々…
- p003…だ知召されずや、彈正少弼心變りして備後守の許に使たてゝ抑も今川治部大輔、岡崎に加勢して駿河遠江參河の軍勢を催して、尾張の國に攻め入らんとす、廣忠が質…
- p003…河の國府までは陸より御供仕るべしとこそ侍れ、こゝより又御船に召されん事、岡崎にての仰せ承らずと申す、少弼聞て人々かねて知り給ひぬらん、こゝより、駿河…
- p003…歲、初め御船より上がらせ給ひし時、郞等を密かに近付けて、汝は如何にもして岡崎に歸れ、文かきて參らせんこと叶ふべからず、只汝が見し樣を一々に申せ、御供…
- p003…く〱敵の中に紛れ入て、行けよとて歸へす、この郞等とかくして忍ひ出で、明日岡崎に參りしにぞ此由かくとは知れてける、同き十八年三月六日岡崎殿かくれ給ひ、…
- p003…して德川殿と取替て、駿河國に迎へ參らせしに、康景又御供しぬ、甚右衞門尉は岡崎に留つて守る弘治二年二月德川殿御軍始の時、康景父子隨ひ參らせ、程なく又駿…
福嶋 第十二上 · 1
- p007…んも、御計らひにこそよるべけれと載せたり、同十六日又正則が使者、大御所の岡崎の御陣に馳せ參り一通の書を献る、これ正則先陣を賜て馳せ向ひ速に彼の阿黨等…
石川 第十二下 · 1
- p003…し參らせんと望む、氏眞大に悅て頓て若君をぞ返されける、數正肩に乘せ參らせ岡崎に歸り參りしを、御家人等は言ふに及ばず、國中の貴賤御迎に參り集うて、感せ…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히