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井伊直孝
본문 표기 直孝・井伊掃部頭直孝・掃部頭・井伊・掃部頭直孝・井伊殿・右中將藤原直孝・此御子・此子・井伊直孝・中將直孝朝臣
松平(久松) 第三 · 5
- p008…奉るやうならんには、君未だ御幼稚なり、天下亂れん事、遠きに有るべからず、井伊殿阿部殿へ此事申さんが爲に候とて、直孝忠秋のもとべ、一封の書取出て、三人に…
- p008…天下亂れん事、遠きに有るべからず、井伊殿阿部殿へ此事申さんが爲に候とて、直孝忠秋のもとべ、一封の書取出て、三人にぞわたしける、人々興さめて、大に驚き…
- p008…にぞわたしける、人々興さめて、大に驚き思ひしが、さて止むべき事ならねば、掃部頭のもとに行向て、此由を語りて、彼書をつたふ、直孝一人して見るべきにあらず…
- p008…て止むべき事ならねば、掃部頭のもとに行向て、此由を語りて、彼書をつたふ、直孝一人して見るべきにあらずとて、執政の人々打寄て、開き見るに、始には、定政…
- p008…、妻をも、舅の永井信濃守がもとに返しぬ、人々こは如何にと、いよ〱驚く、又掃部頭の許へ消息す、まづみづからが名を天德院大居士としるす、此書には、諷諫の言…
井伊 第四上 · 17
- p011…十九年の冬、大坂の兵起る直勝病に臥ければ、舍弟掃部頭直孝、兄が代官として、軍勢引倶して向ふ、此年將軍家の仰をかうむり、おのが所領…
- p011…、軍勢引倶して向ふ、此年將軍家の仰をかうむり、おのが所領の内近江の地をば直孝に讓り、上野の國に引こもりて、安中の城に住む、みづからは三万石を領す…
- p012…右中將藤原直孝は、侍從直政の二男なり、…
- p013…直政の室は松平周防守康親が娘なり、それに隨來りし女の直孝をば生めるなり、初め直政の室、彼の女の娠む事あるを知て、其父が許に送れり…
- p013…康重武藏國私市の地を給りて、印具關東に移るとて駿河の國藤枝の宿に至る日、直孝は生れてけり、六歲に及ひし時、其母いたきて箕輪の城に赴き、直政が城外に出…
- p013…、六歲に及ひし時、其母いたきて箕輪の城に赴き、直政が城外に出しを待得て、此御子かくまで育て參らせて候、今は渡し參らせ候べしといひて、みづから參らせて、…
- p013…いひて、みづから參らせて、私市にかへりぬ、直政頓て其處の庄屋といふ者に、此子よく育てよとて給てけり、十一といふ年の暮に、彼の庄屋が家に、夜盜餘多入來…
- p013…育てよとて給てけり、十一といふ年の暮に、彼の庄屋が家に、夜盜餘多入來る、直孝其一人が高股斬て、下部等召て生どりぬ、十二歲の時、直政ひそかに直孝めして…
- p013…來る、直孝其一人が高股斬て、下部等召て生どりぬ、十二歲の時、直政ひそかに直孝めして、年來みづから執りし所の釆配を授けぬ、如何に思ふ所やありけん、其明…
- p014…守る、十九年冬大坂の兵起りしに、兄の直勝病に臥す、大御所の仰を受け給り、直孝兄の代官として、軍勢を率して城をせむ、此とし東西和睦の後、將軍家直孝をめ…
- p014…り、直孝兄の代官として、軍勢を率して城をせむ、此とし東西和睦の後、將軍家直孝をめして、兄に代りて、父が家をぞ繼がしめらる、…
- p015…「此とき直孝は淚を流して、兄にて候ふ直勝、年頃病ひに犯され、軍國の務にたえず、然りと…
- p015…に附けさせ玉ひし、ふるき者共、猶多く候へば、家の事をば沙汰し申べし、また直孝かくて候へば、天下の御事あらんには、兄が代官として、彼手の者を引具して、…
- p015…重て安藤帶刀直次に就きて、頻になげき申す、終に御許しなかりけり、かくて、直孝父が家を繼て後出仕す、やをら進み出て、本多佐渡守正信が座の上に着く、其體…
- p016…按するに政事錄に、慶長十九年十二月廿四日、將軍家、直孝に佐和山の城を賜ふとあり、家忠日記追加に、元和元年二月大御所直孝を駿府に…
- p016…將軍家、直孝に佐和山の城を賜ふとあり、家忠日記追加に、元和元年二月大御所直孝を駿府にめして、此仰ありといふ、想ふに政事錄のしるす所誤るべからず、…
- p017…かくて再び兵起りて直孝また先陣承りて、大坂に向ひ戰て、敵の大將木村長門守內藤新十郞山口左馬助等…
榊原 第四上 · 5
- p004…が家を繼き、慶長十九年冬、將軍家の先陣打て、大坂に向ふ、明る元和元年夏、井伊掃部頭直孝、先陣を奉し、康勝二陣に定められ、ふる兵なればとて、藤田能登守信吉を康勝…
- p004…とて、藤田能登守信吉を康勝に副られたり、藤田の傳別にあり、五月六日直孝木村長門守と若江にて戰ふ、康勝同しく戰はんとす、能登守制して、御方の多勢…
- p004…繁みに、勢引かくし、御方勝に乘て亂れたらん時に、打出て戰んずと覺ゆるぞ、井伊既に勝ぬと見ゆ、伏兵今に起りなん、其敵打破て捨つべきものをと云ひけるに、…
- p004…明れば七日、天王寺の合戰に、康勝きのふ軍せざりしを憤て、二陣に定れども、直孝と押並んて陣し、敵の多勢打破り、首七十八獻る、能登守信吉も、みづから手二…
- p004…いでに、若江まて、など合戰には及ばざりしと宣ひしに、郞從等かしこまりて、井伊木村旣に戰を合はすと見て、康勝が手の者共、同しく進み戰んとす、藤田能登守…
大久保 第四中 · 3
鳥居 第四中 · 7
- p003…功を思召れて、忠春を世嗣として、所領の地元の如く賜るへしと仰せられしに、井伊掃部頭直孝、强ちに止め申けるは、彼が父祖累代の功を思召されば、忠春が奉公の勞に隨て…
- p003…後不忠不孝の御家人等、何を以て戒めんやと申ければ、忠恒が家絕たりき、○又掃部頭が斯く强ちに止め申せし事は、舊き恨ありての故なりけり、忠政が娘は、掃部頭…
- p003…掃部頭が斯く强ちに止め申せし事は、舊き恨ありての故なりけり、忠政が娘は、掃部頭が兄の兵部少輔直之が妻なりき、直之天性愚がなる人なりしかば、或とき戯れに…
- p003…そ安からねと、彼妻を奪ひ返へす、直之は如何なる事とも思はざりしかど、弟の直孝憤りて、又取返りさんとせしに、忠政是を返へさず、此事以ての外の騷きとなる…
- p003…、兩家互に不快なりしが、今此時に至て、恨を報ひられたりとなり、按ずるに、直孝はさしも當代の名臣なり、如何で私の舊き恨を以て、公儀をば廢すべき、直孝が…
- p003…、直孝はさしも當代の名臣なり、如何で私の舊き恨を以て、公儀をば廢すべき、直孝が止め申旨、ことわりなくば、將軍家また用ゐさせ玉ふまじ直孝の斯く世の疑ひ…
- p003…をば廢すべき、直孝が止め申旨、ことわりなくば、將軍家また用ゐさせ玉ふまじ直孝の斯く世の疑ひ請けしは、不幸とやいふべき、又さもありしも知られず…
植村 第四中 · 1
- p001…に植村法印と記す、帶刀泰勝父に繼で、慶長十八年伏見の城を守る、井伊直孝と共に守るなり、大坂前後の戰に、將軍家の先陣を打て馳向ひ、首を切事十…
安藤 第五 · 1
- p003…其身は常に御陣にあり、五月七日の戰に、御勢を下知して戰ひ、城既に落ちて、井伊掃部頭直孝を城中に差遣されし時、重信檢使を承る、其後又御跡に留る事廿日餘り、大坂の…
山口 第六 · 8
- p002…元和元年の夏、軍再ひ起りしに、父子此度は、さまをかへ、山道より忍び上り、井伊掃部頭直孝が手に屬て、河内路より向ふ、五月六日の戰に、若江伊豆守重信、眞先に…
- p003…或說に、此夜重政、直孝が陣に行きむかふ有合ふ人々、重信が事を弔ふ、重政されば愚息が討死仕りし事…
- p003…そ深くやはべらめと淚と共に答へしを、聞く人みな鎧の袖をぬらしけり、こゝに直孝は、とむらひをは、述べずして、盛りなる子を先立て、つれなく殘りし老の身は…
- p003…んとしたりしを、人々中に立ち塞かり、さま〱に中直りさせぬ、今日若江の戰に直孝が麾の揮りやうあしとて、重政がをしへしを耻ち怒りて、直孝かくは云ひしなり…
- p003…、今日若江の戰に直孝が麾の揮りやうあしとて、重政がをしへしを耻ち怒りて、直孝かくは云ひしなり、二人是より、不快にして、重信がうち死せしありさま、直孝…
- p003…直孝かくは云ひしなり、二人是より、不快にして、重信がうち死せしありさま、直孝かくとも申さねば、執し申す人さらになし、重政なけきの中に憤りて、空しく月…
- p006…日兄弘隆但馬守、同廿九日弟重經備前守に任す、或說に此後松平伊豆守信綱は、井伊と山口兄弟が中直りさせんとす、兄弘隆は父にて候者が死しても恨みもや殘るべ…
- p006…るべき、此事ゆめ〱叶ふべからずといふ、弟重經は、信綱のたまふ所なり、かつ直孝は當時の重臣にておはせばとて、中なほりす、…
相馬 第八下 · 1
- p004…事あるべからずと、色代して罷出づること長き佳例となりにけり、其後政宗は、井伊掃部頭直孝を媒にて、大膳亮利胤に、中直りせんとしけれども、利胤聞て、我家既に伊達殿…
福嶋 第十二上 · 10
- p010…正則國除かれし時の事、後に中將直孝朝臣の語りし所を、石谷將監貞清入道の記せしは詳なり、此時上には都に入らせ給ひ…
- p010…る、七人の議し申す所異同ありて、事極らさること四五日を經て、伊賀守謀りて掃部頭其年若く候へども人の足跡踏み附くべき者にあらず、召し問はるべしと申す、其…
- p010…候へども人の足跡踏み附くべき者にあらず、召し問はるべしと申す、其明けの日直孝を召させられ大炊頭仰に依て事の由を陳べたり、直孝が存ずる所、聞召さるべき…
- p010…るべしと申す、其明けの日直孝を召させられ大炊頭仰に依て事の由を陳べたり、直孝が存ずる所、聞召さるべきよし仰あをしかば、人々の議に異なるべきにしも候は…
- p010…も候はずと申す、されど先づ其存ずる所を申すべしと、重て仰せられしに及で、直孝存ずる所は正則を都に召されて其罪を數へられて申披くべき事あらんには聞召さ…
- p010…はんには、御留守に侍らふ人々して誅せられんに過ぐべからずと申す、高虎聞て直孝年若く候ひて、古の小路軍といふ事いまだ存知候はず、大きなる屋敷に兵者あま…
- p010…きなる屋敷に兵者あまた引籠り、切つて出でんは仕にくき合戰なる者をと申す、直孝聞きも敢へず、やあ御邊には夫等の軍いづこにしてや仕たまひけるらん、小路軍…
- p010…きて明日又議せらるべしと仰あつて御暇給はり、主計頭正就井上して密に直孝に仰らるゝ旨あり、明日とく參るべきとなり、さらば裏の門より入り來るべしと…
- p010…明日とく參るべきとなり、さらば裏の門より入り來るべしとの御事にて罷出る、直孝思へらく、此事决せずして日既に久しく、世に聞ゆる事もこそあれ、我今其議に…
- p010…明るを待て參る、正就御門の內に立迎へて導き行き、常の御所の南の椽に至る、直孝袖の內より起請文取り出し、指の血を注き正就して參らす、やがて御前に召され…
最上 第十二上 · 1
- p007…井伊掃部頭直孝內藤志摩守忠重、義智が家人等を召て、義俊の息男いとけなし、所領の地半を、…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히