地名索引 › 伊予国
伊予国
本文表記 伊豫の國・伊豫國・伊豫・豫州
稻葉 第六 · 1
- p001…內匠頭越智正成は、伊豫の河野が末葉、稻葉兵庫頭重通が子、實は林駿河守が孫總兵衞尉が男なり、…
伊達 第七下 · 4
- p011…の申せしは、此度政宗が咎免されし事、偏に德川殿の御力なり、初め太閤政宗を伊豫の國に移さんとせられしに、政宗大きに驚き、德川殿に就て愁訴せんとて、伊達上野…
- p011…せい夢ばかりもなし、かゝる人を臆病の者とはいふぞ、如何におのれらが身は、伊豫の國に渡つて、魚の餌にならんとや思ふ、又都の內にあつて、犬の食にならんと思ふ…
- p014…起りし時、將軍家の先陣打つて馳せ上る、此年十二月廿五日、長子遠江守秀宗に伊豫國を賜ふ、十万三千石明年五月六日道明寺の合戰に、後藤又兵衞を始て、餘…
- p016…、童名は兵五郞時に年僅かに六歲とぞ聞えける、慶長十九年の冬、大御所伊豫の國を賜ふ、十万石寛永三年八月、從四位下に叙し、明曆三年七月廿一日家を…
加藤 第七下 · 2
藤堂 第七下 · 2
蜂須賀 第八上 · 1
- p004…、後に大和大納言といふ、讃岐の國に押渡て、かたきの城々攻め破つて、伊豫の國に打入り、長曾我部元親、降人になつて參りければ、正勝父子、阿波の國を賜は…
一柳 第九上 · 4
- p001…越智通信が末葉也、通信は皇子三十九代の末孫と云なり初め河野が一族、伊豫國を去て、美濃國に參り、當國の守護土岐が家に仕ふ、主の姓、賜てければ、姓改…
- p005…首四十を獻れり、直盛代々の將軍家に仕へ奉り、左大臣家の御時に至りて、抑も伊豫の國は、累代の先祖領したる國なれは、彼國にして、所領賜り、長く子孫に傳へばや…
- p006…禁裏修造の時、直興其役に隨ひしが、修造畢ての後、密に豫州へ下り、遷幸の時に臨みて京都にあらず、殊に平日淫逸の聞え多くして、所領沒…
- p007…祿賜りて仕へ奉る、父卒して其遺領分ち賜ふ、伊勢の神戶の地にて二万石、伊豫國にて一万石、合せて三万石を領し、伊豫の川上と云所に、城を搆へんと…
伊東 第九下 · 3
稻葉 第十上 · 1
- p001…右京亮越智貞通は、伊豫守貞通入道一鐵が嫡男也、一鐵が祖父通富は、伊豫國の住人河野四郞通信十一代の後胤彈正少弼通直が末子とぞ聞えける、通富初め出…
秋月 第十上 · 2
久留嶋 第十上 · 4
- p001…右衞門佐源康親は、累代の先祖河野が家の被官として、伊豫國の住人なり、土佐國の住人長曾我部が起るに及て、土佐守元親、阿波讃岐を徇へ…
- p001…、土佐國の住人長曾我部が起るに及て、土佐守元親、阿波讃岐を徇へて天正四年伊豫國に發向し、戰ふ事凡そ七年、同き十年に至て、河野通春を始として三十一人の國…
- p001…十三年の秋、元親も亦豐臣家に降る、本領なれば土佐の國をば賜りて、阿波讃岐伊豫の國をば收公せらる、元親に降りし國人等、悉くに本國を追却せられ、來嶋兄弟には…
- p002…は來嶋もとは村上たりと記せり、豫章記を見るに、朱雀天皇の御時、天慶二年に伊豫國の住人越智押領使好方、藤原純友追討の宜旨を承る、爰に村上と云ひし者、當國…
織田 第十下 · 1
- p003…入道して常眞とこそ申しけれ、八月入道ありし由公卿補任に見ゆ明る年又伊豫の國に移されたり一說に關白奧州に下り給ふ時に、出羽の秋田へ移されしと創業…
福嶋 第十二上 · 1
- p001…千石の地給ひしなり小牧雜賀の軍に隨ひ同き十三年の夏四國の地平らきし後、伊豫の國賜つて今治の城を領す、十万石同き十五年筑紫の陣に隨ひ十六年肥後國宇…
富田 第十二下 · 1
- p004…立て關東に趣く、兩人が訴ふる所其證なければ御裁斷にも及び難し、其後富田は伊豫の國を下し賜り、左京亮は坂崎對馬守と申してけり、かの左門も富田が許に溜りかね…
平岡 第十二下 · 1
- p002…按ずるに平岡と云ふは元伊豫の河野が家第一の老なり、河野四郞通直は毛利元就の孫婿にて候ひしが、土佐の…
村上 第十二下 · 1
- p002…國村上義淸が子たる由をしるせるあり、此說疑はしき事あり、されど思ふに是れ伊豫の國の村上次郞が後胤にてあらずや、系圖を得されば詳かならず、又夏目が記に義淸…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく