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本多正信
본문 표기 正信・本多佐渡守正信・佐渡守・佐渡守正信・本多正信・本多・本多佐渡守・本多彌八郞・佐渡守正信父子・佐渡守藤原正信・彌八郞
越前 第一 · 4
- p001…、軍評定す、先づ此所より引返して、上方に向はせ玉ふべきに議定す、德川殿、本多佐渡守正信を召され、家康西に向はん時、景勝頓て跡を追て攻めのぼるか、さらずは又關東…
- p001…さらずは又關東にや亂れ入らん、誰か此所に殘り留て、軍をばすべきと仰らる、正信誰とか更に申べき、守殿に若くことやあるべきと申、さらば召せとて召す、守殿…
- p001…き、守殿に若くことやあるべきと申、さらば召せとて召す、守殿御參りあるに、正信むかひ參らせて、いかに守殿、天下の安危は、今日に決し候ひぬ、能く心して物…
- p001…き、あはれ大將をたに御許しあらんには、此所にや留り候べきと、宣ひしかば、正信聞きもあへず、いしくも仰せ候ものかな、關東を鎭め給はんには、大將を參らせ…
松平(久松) 第三 · 2
本多 第四上 · 2
本多 第四上 · 1
- p004…直の許に入らせ玉ふ時、忠次御輿副として、相摸國に趣く、此時平岩七之助本多彌八郞も同しく姫君を送り參らせしと云、○或說に酒井左衞門尉送り參らすと云…
井伊 第四上 · 4
- p015…終に御許しなかりけり、かくて、直孝父が家を繼て後出仕す、やをら進み出て、本多佐渡守正信が座の上に着く、其體誠に優なり、事終てのち御前を罷出て、正信に向ひ、今日…
- p015…、本多佐渡守正信が座の上に着く、其體誠に優なり、事終てのち御前を罷出て、正信に向ひ、今日の振舞、無禮にこそ侍れ、去ながら、故侍從が家を繼くべしとの仰…
- p015…、故侍從が家を繼くべしとの仰を蒙りて候上は、向後の事は、御免あれといふ、正信されば、けふのふるまひ、正信こそ悅ひて侍れ、かくあらん人と知召されし、將…
- p015…を蒙りて候上は、向後の事は、御免あれといふ、正信されば、けふのふるまひ、正信こそ悅ひて侍れ、かくあらん人と知召されし、將軍家の御心の程、有難う候者か…
榊原 第四上 · 4
- p003…を打て登らせ玉ふに、信濃の眞田が上田の城に立こもつて、御勢を遮らんとす、本多佐渡守正信申す、安房守が勢にて城を出て戰はん事叶ふべからず、たゞ打棄てゝ片時も早く…
- p003…大番の人々、はしたなく、城の兵と行き逢て軍仕出たし、城旣に落べかりしを、佐渡守制し止めて、小諸の城に御陣移させ參らせ、軍せし輩を罪科に處す、これ御下知…
- p003…御下知を待たずして軍せしゆゑなりけり、こゝより間道を經て、のぼらせ玉ふ、正信が計らひにて、直路は敵に近しとて、避られし故とぞ申ける、康政は眞田が軍せ…
- p003…何事にもあれ承らんといふ、忠勝わどのが大殿をだに、个程に諫め申しゝ身の、佐渡守正信の後にのみ從ひしこそ心得ね、我等三人が事は、德川殿にさる者ありと、天下の…
大久保 第四中 · 16
- p009…め上り玉ふ、榊原康政、忠隣父子、子息加賀守忠常、此時新十郞といふ、本多正信佐渡守隨ひ奉る、眞田安房守昌幸、上方に心合せて、信州上田の城に立籠…
- p009…、榊原康政、忠隣父子、子息加賀守忠常、此時新十郞といふ、本多正信佐渡守隨ひ奉る、眞田安房守昌幸、上方に心合せて、信州上田の城に立籠る。康政忠…
- p009…松平攝津守、其傳に詳なり、自餘の勢をも交へず、外城一つ攻め破る、此日本多正信、敵は多勢に恐れて、打出る事は、よもあらじ、只打捨て御通りあれと申ければ…
- p009…恐れて、打出る事は、よもあらじ、只打捨て御通りあれと申ければ、康政忠隣、佐渡守が計ひに、若くべからずと申す、明れば七日御勢又稻刈らんと、爰かしこに打出…
- p009…杉浦平太夫と云旗奉行なり、牧野が兵は牲掃部といふ者なり、かゝる所に、本多正信、御方の人々軍すと聞て、御下知なからんに軍する條、甚た奇怪なりと怒て、御…
- p009…と怒て、御使を馳て、御方を制して引返す、同き九日御陣を小諸の城に移さる、佐渡守、中納言殿に申て、拔がけして城攻めたる輩、軍法に任せて、速に誅せらるべし…
- p009…て死にぬ、此外大番の人々にも、罪蒙りし人多し、これより御家人等、佐渡守を恨み、また大久保本多が不快、此時に始りしなどゝも申なり、大御所杉浦が忠…
- p009…々にも、罪蒙りし人多し、これより御家人等、佐渡守を恨み、また大久保本多が不快、此時に始りしなどゝも申なり、大御所杉浦が忠死を感し玉ひ、其子二…
- p009…ひ、其子二人御家人に召仕る、今の杉浦、彼等二人が後とぞうけたまはる斯て正信が計ひにて、御勢を引わけ、上田の城を守らせ、同き十二日小諸の城を御立あり…
- p009…らせ給ひしに、忠隣して送らせらる、七年の五月佐竹が仙北に徒されし時、忠隣正信、常陸國に向て、國制を定む、忠隣男子七人あり、嫡子新十郞忠常、加賀守に任…
- p009…財打捨て、西を差して逃げ行く、同き十九日關東にては、忠隣が男等を召して、本多佐渡守正信、仰を傳ふ、抑去年忠隣が養女を以て、山口伊豆守重信が妻とす、かねて兩御所…
- p009…隣が郞從等追却し、城郭を毀つ、外郭を破て、本城を止めらる、同廿四日佐渡守正信父子等、忠隣に配流の奉書を下す、兼てより板倉內膳正重昌、父に久しく對面に及ね…
- p010…摸國中原の御旅館に入らせ給ひし夜、馬塲八左衛門といふ老翁、御館へ參りて、本多佐渡守に申事あり、この馬塲といふ者は、元は甲州武田が士、年頃御勘氣を蒙て、相摸…
- p010…事によつて、相摸守も御前よからぬと聞て、大に悅び、急度案じ出だしけるは、本多、日比大久保と不快の沙汰あれば、此人に就て、相州が事、讒して、御恩を蒙る…
- p010…、大略此趣に依て、此獄の事は、推して知るべきものか、○又世に大久保をば、本多が讒せしが、其報ひにて、其子上野介同じやうなる罪に逢うて、永く家を亡せし…
- p010…報ひにて、其子上野介同じやうなる罪に逢うて、永く家を亡せしといふ、されど正信ほどの人如何でさる事有べき、是も信じかたき事の一條にぞ有ける、…
內藤 第四中 · 1
- p001…十年四月十六日叙爵す、大坂の軍に父子關東に留めらる、忠興窃かに馳上りて、本多佐渡守正信に附て其由を申す、井上主計頭正就が手に屬せらる、明れば元和元年三月廿五日…
內藤 第四中 · 7
- p001…傅として附られ、關東に移給ひし時、相摸國當麻の地を賜ひ、七千石其後本多佐渡守正信と貳人、關東の奉行職をば承る、慶長六年靑山常陸介忠成を加られ、三人同く職…
- p001…忠成を加られ、三人同く職にあり、同き十一年淸成忠成罪蒙て職免さる、此事本多正信か碑文に詳なり、…
- p002…を歎きしかども、大御所、何の仰出さるゝ旨もなし、將軍家いよ〱恐れ思召し、佐渡守正信めして、此事いかゞすべきと尋玉ひしに、殿の御孝行に、まします故に天下の讓…
- p002…は、誅せられん事、云ふにや及ばんと申す、將軍家歎かせ玉ふ事、大方ならず、正信さらば、大殿へ參りて、御氣色を伺ひ候はんとて、御鷹狩の地に參る、正信が參…
- p002…ず、正信さらば、大殿へ參りて、御氣色を伺ひ候はんとて、御鷹狩の地に參る、正信が參ると聞召て、御前に召されしかば參て、扨もおそろしき事にて候、將軍の大…
- p002…と聞召し、內藤靑山誅せらるべきに極る、二人が事も、また不便といひつへし、正信旣に老たり、將軍に仕へ申さんに、若し大殿の御事にて、少しの罪を犯すとも、…
- p002…山も、罪免れたり、只押込られて後、終に死したり、誅せられざりし事は、偏に正信が計らひしゆゑなりとぞ、…
安部 第四中 · 1
- p001…なかりしを大坂に召れて、父が跡を繼がせらる、此年奧の上杉を御退治のとき、本多佐渡守正信が手に屬して馳向ふ、其後信盛、將軍家に召仕はれ、慶長十九年御扈從組番頭と…
戶田 第四下 · 4
- p001…の國に至り給ひ、眞田安房守昌幸が籠たる上田の城を攻めさせらる、評定あり、本多佐渡守正信、只打捨て御通りあれと勸め參らすれば、宗徒の人々、正信の計にこそ因るべけ…
- p001…定あり、本多佐渡守正信、只打捨て御通りあれと勸め參らすれば、宗徒の人々、正信の計にこそ因るべけれとて、申旨もなし、一西一人進み出て、某が存ずる所、速…
- p001…も思召べけれ、夫に只すご〱と通らせ玉はんも、餘りに、穩便に覺えて候と申、佐渡守正信大に怒て、たゞ正信に任せらるべしとて、御供して上りしに、關が原の戰事終り…
- p001…〱と通らせ玉はんも、餘りに、穩便に覺えて候と申、佐渡守正信大に怒て、たゞ正信に任せらるべしとて、御供して上りしに、關が原の戰事終りぬ、一西が申せしに…
牧野 第四下 · 1
- p003…る城を落し得ず、御方は空しく引て歸る、同き九日、小諸の城に御陣を移さる、本多佐渡守正信申すに就きて、去りし七日に、上田の城先懸し、旣に城に攻上りしつはもの、大…
秋元 第六 · 1
- p001…景勝を退治あらんには、上方の軍勢攻下りなん、此事如何あるべきとありしに、本多佐渡守正信、謀て、上杉が家老直江山城守が許に、越中守長朝を使として、云ひ送る旨あり…
稻葉 第六 · 1
- p005…去り、秀秋又卒して嗣なくして家亡ひ、正成御家人となされ、內匠頭に成る、本多佐渡守を避けしといふ、二万石を賜ひしといふ按ずるに秀秋の家にては、寄騎共に四…
細川 第七下 · 6
- p010…、案じ煩ふに、家のおとななりける松井佐渡申すは、某年頃德川殿の御内なる、本多佐渡守正信に親しく相語うて候、彼に就て德川殿を賴み參らせばやと存ず、德川殿はさる賴…
- p010…忠興聞て、我日頃內府に親しうもなし、かゝる事賴むべき便りなし、されど汝が正信と親しからん上は、試みに汝が心のやうにて計ふべしといふ、松井本多に就て、…
- p010…れど汝が正信と親しからん上は、試みに汝が心のやうにて計ふべしといふ、松井本多に就て、かくと申す、德川殿此よし聞召され、御前の人々を退けて、松井を近く…
- p010…聞召され、御前の人々を退けて、松井を近く召し、事の由、重ねて問はせ給ひ、正信して、御鎧の唐櫃を二つ開かせらるゝに、櫃一つに黃金百枚宛を入られたり、其…
- p010…櫃一つに黃金百枚宛を入られたり、其黃金の箱に題せし年月を見よと仰せらる、正信是を考ふるに、二十一年以前、いまだ三河の國に御座ありし時なり、德川殿松井…
- p010…出にけり、遙に程經て後、忠興其事となく、德川殿に參り、御對面のついでに、正信を呼び出し、德川殿に向ひ申されけるは、去りし比忠興が家人に仰せ下されし事…
藤堂 第七下 · 4
- p002…此時高虎自ら功多くして賞少きを憤て、これ必本多佐渡守が爲に申留られし所なりとて、安からぬ事に思ひけり、此日正信參て、高虎を賀…
- p002…、これ必本多佐渡守が爲に申留られし所なりとて、安からぬ事に思ひけり、此日正信參て、高虎を賀しけるは、おことは定て自ら功多くして、賞の少きなるを憤り思…
- p002…べけれども、誠は西國の內にして、大國一つ賜ふべき由、兩御所の仰ありしに、正信止め申せしなり、正信申せしは、高虎が年頃の功、忘れ給はで、かれが家の久か…
- p002…の內にして、大國一つ賜ふべき由、兩御所の仰ありしに、正信止め申せしなり、正信申せしは、高虎が年頃の功、忘れ給はで、かれが家の久かるべき事を思ひ給はゞ…
丹羽 第八下 · 1
- p004…となく打過させ給ひしとなり、其事大御所に申せし人は、土井大炊頭利勝とも又本多佐渡守正信とも申すなり、同き八年十一月廿七日、將軍家より常陸國古渡の庄を賜る、一…
本多 第十一 · 53
- p001…佐渡守藤原正信は、豐後國の住人本多助秀が後胤なり、助秀が男助定、尊氏將軍に仕へて、尾張…
- p001…男正定、始て安祥二郞三郞殿に仕へ、正定が子俊正、岡崎の贈大納言家に仕ふ、正信はこの俊正が嫡男なり、正信初め彌八郞と申て、童なりしより、德川殿に仕ふ、…
- p001…に仕へ、正定が子俊正、岡崎の贈大納言家に仕ふ、正信はこの俊正が嫡男なり、正信初め彌八郞と申て、童なりしより、德川殿に仕ふ、德川殿より年長する事四…
- p001…正定が子俊正、岡崎の贈大納言家に仕ふ、正信はこの俊正が嫡男なり、正信初め彌八郞と申て、童なりしより、德川殿に仕ふ、德川殿より年長する事四年御軍初…
- p001…參らせずといふ事なし、永祿六七年の間ひ、一向專修の門徒等叛き參らせし時、正信舍弟三彌正重と共に上野の城に立籠る、七年二月廿八日諸寺の門徒等、罪免され…
- p001…共に上野の城に立籠る、七年二月廿八日諸寺の門徒等、罪免されて悉くに降る、正信國を去て都の方に趣く、松永彈正忠久秀、正信を見て傍への人に語けるは、久秀…
- p001…門徒等、罪免されて悉くに降る、正信國を去て都の方に趣く、松永彈正忠久秀、正信を見て傍への人に語けるは、久秀德川が家より來る侍を見る事少からず、多くは…
- p001…、久秀德川が家より來る侍を見る事少からず、多くはこれ武勇の輩なり、獨この正信は强からず柔かならず又卑からず、必よのつねの人にあらずとぞ感しける、正…
- p001…信は强からず柔かならず又卑からず、必よのつねの人にあらずとぞ感しける、正信松永が許に仕へたりしにや詳ならぞ其後又加賀の國に趣き、小山の邊り山中…
- p001…いふ所に至りて留り住む、天正十年の春武田四郞亡ひし後、德川殿より仰ありて正信を召さる、織田殿に伴ひ給ひ御上洛ありと聞えしかば、正信加賀國を立つて大津…
- p001…德川殿より仰ありて正信を召さる、織田殿に伴ひ給ひ御上洛ありと聞えしかば、正信加賀國を立つて大津の宿に至る、殿は和泉の堺に趣かせ給ふと聞て、頓て彼處に…
- p001…と聞て、頓て彼處に參らんとせし程に、信長明智が爲に失せ給ひ畿內悉く亂る、正信が計ひにて宇治路ひらけて、德川殿事故なく、終に三河國に歸り入らせ給ひぬ、…
- p002…初め正信累代一向專修の門徒にて双なき其方人なりければ、人々は罪免されしかど、正信…
- p002…正信累代一向專修の門徒にて双なき其方人なりければ、人々は罪免されしかど、正信は終に國を去りてけり、是より先き畿内東海北陸の國々一向專修の門徒等、此處…
- p002…、世には是を一向の一揆とぞいひける、加賀の國は、殊に其徒の多かりし程に、正信を迎へて一方の大將とは仰きたるなり、また再ひ德川殿に參りし初、明智が亂に…
- p002…とは仰きたるなり、また再ひ德川殿に參りし初、明智が亂に畿内の道塞りしを、正信が計ひにて宇治の上林かたらひて、鄕人等をかり催し御供に侍らひしといふ事あ…
- p002…心得てありし程に、事故なく伊賀國を廻て三河國に歸り入らせ給ふ、是等の事共正信が計ひに依れり、此時の賞に因りて、此所の事某が家代々承りぬど申したりき、…
- p003…參らせんとせしより、關が原の戰ひ終てのち天下悉く德川殿に歸し參らせし事、正信が功莫大なり、右大將家將軍の宣旨蒙らせ給ひしより、正信は關東の執事として…
- p003…に歸し參らせし事、正信が功莫大なり、右大將家將軍の宣旨蒙らせ給ひしより、正信は關東の執事として將軍家に隨ひ、嫡男上野介正純は大御所の執事として駿河に…
- p003…純は大御所の執事として駿河に在り、父子相並びて天下の權を取る、初め大御所正信を召され、所領の地加へ賜りしに、正信承て年頃御恩に潤うて家富まずといへど…
- p003…子相並びて天下の權を取る、初め大御所正信を召され、所領の地加へ賜りしに、正信承て年頃御恩に潤うて家富まずといへども又貧からず、一生の計こゝに足りぬ、…
- p003…の世に望む所更にさふらはず、それ軍國の備へ士を養ふより先なるはあらず、今正信に賜らん所を以て勇力の士に充行はれ、四海の內動きなく、正信心靜かに老を送…
- p003…と云元和二年四月十七日大御所薨し給ひて後、纔かに五十日と申す六月七日、正信年七十九歲にて卒したり、…
- p004…大御所正信を見給ふこと朋友の如くにて、將軍家は長者を以て待せ給ふ、正信も又常に大御…
- p004…大御所正信を見給ふこと朋友の如くにて、將軍家は長者を以て待せ給ふ、正信も又常に大御所を呼びて大殿といひ、將軍家をば若殿と呼ぶ、軍國の機事に至て…
- p004…討たんとす、德川殿の人々を制し給ひしに因て事平らきぬ、其時伏見の御館にて正信御前に參りしに、其夜はいまだ亥の半なるに、はや御殿でもりあり、正信打咳き…
- p004…館にて正信御前に參りしに、其夜はいまだ亥の半なるに、はや御殿でもりあり、正信打咳き〱參り、今夜は早う御寢ならせ給ふと申す、德川殿いま何事かありて參る…
- p004…夜は早う御寢ならせ給ふと申す、德川殿いま何事かありて參ると仰せられしに、正信別の事にも候はず石田が事、いかにや思召すと申す、されば我も其事をこそ思ひ…
- p004…石田が事、いかにや思召すと申す、されば我も其事をこそ思ひ謀れと仰せらる、正信さては心易くなつて候ふ、其事思召しはかられん上は、正信何事をか申すべき、…
- p004…ひ謀れと仰せらる、正信さては心易くなつて候ふ、其事思召しはかられん上は、正信何事をか申すべき、御暇給るべしとて罷り出づ、德川殿また仰せらるゝ旨もなし…
- p004…御傍に在つて承りきと、後に石谷將監に語りしなり、また石川丈山の物語りに、正信大御所の仰せられし所、我が心に得ざる時は、打睡りてのみ居て申す旨もなし、…
- p004…時には、譽め參らすること限りなし、われ大御所に仕へ奉りしこと年多き中に、正信と事を謀らせ給ふと見えし事、僅かに二度ならでは見ず、世の人の事謀るとは樣…
- p004…らでは見ず、世の人の事謀るとは樣かはりて、めづらかなり、まづ一度は大御所正信が坐せし所を通らせ給ひしが、立ち留らせ給ひ、三言四言ひそかに仰せらるゝ事…
- p004…を通らせ給ひしが、立ち留らせ給ひ、三言四言ひそかに仰せらるゝ事ありしに、正信大に譽め參らせ、よく候よく候と申しき、今一度は初め大坂の軍起りて、程なく…
- p004…軍に申さんやうは、家康はいづれの日、駿河に歸らんと思ふなりと仰せられて、正信が方を御覽じ佐渡守は如何にや思ふと仰せありしに、例の如く打眠りて申す旨も…
- p004…、家康はいづれの日、駿河に歸らんと思ふなりと仰せられて、正信が方を御覽じ佐渡守は如何にや思ふと仰せありしに、例の如く打眠りて申す旨もなし、大御所大きな…
- p004…仰せありしに、例の如く打眠りて申す旨もなし、大御所大きなる御聲にて、やあ佐渡守と仰せられし時、眼開きて先づ物をば申さで、右の手差上げて指をかゞめ、物か…
- p004…指をかゞめ、物かぞふると見えしが、大殿よ大殿よ幾年の前に伏見の御館にて、正信が申せし事をば忘れ給ふなと申せしかば、大御所は暫く案じ出させ給ふ御氣色に…
- p004…ば參らせまじきなりと、仰ありて內に入らせ給ひしなり夫れを今世の傳ふる所は正信やゝもすれば、古を引き今を證とし理義を分つて毫末に入るやうにいふは、皆後…
- p004…とし理義を分つて毫末に入るやうにいふは、皆後の辨を好む者のそら言にや、○正信の死なんとせし時に、大相國家に申せしは、正信が奉公の勞を忘れ給はで長く子…
- p004…の辨を好む者のそら言にや、○正信の死なんとせし時に、大相國家に申せしは、正信が奉公の勞を忘れ給はで長く子孫の絕えざらん事を思召さば、嫡男上野介が所領…
- p004…申しき、いかに思ふ所やありけん、其後所領多く賜ひしが果して其家絕えぬ、又正信ある時に嫡男上野介に語りしは、昔大殿濱松の城にましませし時、ある夜外樣の…
- p004…が志のほど神妙の至也と感し仰せ下されしかば、彼人悅にたえずして罷り出づ、正信御前に在りしに、只今の申し條いかにや聞きしと仰ありしに、事皆細碎にして國…
- p004…涙を流し語りしに、正純聞て其人誰なるらん、又いかなる事をや申けんといふ、正信聞て氣色損し、其申せし事も其人をも汝が聞て何の益かあるべきと、答へしとな…
- p005…正信男子三人あり、嫡男上野介正純、二男安房守政重は加賀國にあり、三男大隅守忠…
- p007…事かくの如し若し罪を天に得るにあらずんば、いかで其の家絕ゆべき、大相國家佐渡守に天下治め給はんやうを尋させ給ひしに、一卷の書したゝめて奉りき、かの草案…
- p008…大隅守藤原忠純は佐渡守正信が三男にて、將軍家に仕ふ、大坂の合戰に天王寺より押寄せ戰ひて、首二百十七…
- p010…佐渡守正信が弟にて、初め兄と共に德川殿に仕へ、一向專修の門徒にて針崎に立籠り、永祿…
- p013…れど、又極めて正直の人なりけり、ある空寒き夜に大御所に參る、初めより兄の佐渡守御前にあり、夜の御膳を薦む、佐渡守にも膳賜る、人々參り集うて御旨を蒙る事…
- p013…る空寒き夜に大御所に參る、初めより兄の佐渡守御前にあり、夜の御膳を薦む、佐渡守にも膳賜る、人々參り集うて御旨を蒙る事あり、事終つてのち鶴の羹の汁を召さ…
- p013…、人々參り集うて御旨を蒙る事あり、事終つてのち鶴の羹の汁を召させられて、佐渡守に向はせ給ひ、よのつねの羹ならんには、今の程へたらんには、冷になりなんず…
- p013…かなるこそいみじけれ、大鳥の老人に益あるといふ、さもありなんと仰せらる、佐渡守箸とり收めて答へ申さんとせし間に、正重進み出て、此正重等が如き小鳥ばらを…
- p013…は氷り候べしと云ひ棄てゝ御前を罷り出づ、大御所大きに呆れさせ給ひ、いかに正信汝が弟の心いまだ改らざりけり、あの心にては、いかで大名には成さるべきと仰…
藤田 第十二下 · 2
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