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遠江国
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본문 표기 遠江國・遠江・遠江の國
紀伊 第一 · 1
- p001…十一日御元服、德川常陸介殿と申、從四位下に叙し、十四年十二月十二日、駿河遠江兩國を賜ひ、五十万石、後には遠江宰相殿と申しゝ由なり、大坂の兵起り…
- p002…平河內守定行どのとす、されども、創業記をみるに、慶長十四年より、駿河遠江は、遠江宰相殿領したまふと云云、思ふに定勝朝臣、伏見を守りしのちは、彼嫡…
酒井 第四上 · 3
- p005…中の兵と戰て、首餘多切て獻る、同き三年九月武田四郞、長篠の城を落さんと、遠江國を經て、三河國に打出づ、德川殿御父子、後卷あるべしとて、三郞殿山中に陣を…
- p007…りしなり、今年六月二俣の城の先陣し、同八月諏訪の原の城、終におちぬ、遠江にあり、今年六月より攻られしなり、又小山の城攻むべしと議せらる、忠次…
- p007…首四十二切て獻る、同き十年武田亡ひし時、先陣打て甲斐に入り、織田殿、駿河遠江三河を經て、本國に歸り玉ふべしと聞えしかば、德川殿まづ忠次返して、御設け…
本多 第四上 · 2
- p002…長記、家忠日記等にしるす所、異說多し、同三年六月、武田入道信玄、三河遠江を打隨へんと、甲斐國を立て、直ちに飯田の城を落す、御方の人々、この由を聞…
- p002…て、此方に向て進み來るに、爰に内藤三左衞門信成、御方の人々を制して、三河遠江の兵、都合八千とこそいへ、それが中、こゝに來る者、四千にや餘るべき、敵の…
本多 第四上 · 1
- p003…江國掛川の城を攻められし時、彥三郞康重生年十二歲、父に隨ひて高名す、此年遠江國を打平げ玉ひし時、廣孝久野城にあり、元龜元年六月近江國姊川の合戰に、廣孝…
本多 第四上 · 1
- p003…篠の城を攻めらる、武田四郞勝賴うしろ卷せんとて、軍勢二手に引わけて、三河遠江に打ち出る、重次此時は榊原大須賀と、濱松の城に留りしが、重次我等が留守の…
井伊 第四上 · 3
- p001…藤原直政は閑院の左大臣冬嗣公の七男、內舍人良門五世の孫、備中守共資の男、遠江國の住人井伊備中大夫共保が後胤、肥後守直親が男なり、共保が事、系圖の傳ふる…
- p001…なり、共保が事、系圖の傳ふる所、大に怪し、初め一條院の御時、備中守共資、遠江國に下り、村櫛といふ所に住む、此國井の谷といふ所に、八幡の宮居まします、其…
- p002…足利殿の御末、天下盡く亂るゝに及て、遠江の國人等、多くは駿河守護今川が手に屬す、共保が後井伊信濃守直平も、今川に…
大久保 第四中 · 2
- p003…ず、甲陽軍鑑にも此事を論したり、天正三年四月武田四郞勝賴、甲斐國を立て遠江國を經て、參河國長篠の城に押寄す、德川殿御父子後卷せんとて打立、織田殿に加…
- p005…其身も小諸城に歸る、同き十一月石川伯耆守數正、岡崎を去て、都に登り、三河遠江の間、以の外に騷動す、急ぎ御使を給て、忠世を召す、忠世承て、當國の住人小…
石川 第四中 · 2
- p002…一日が其間、戰ふこと廿餘箇度、終に敵を追ちらす、こゝに近年武田に組せし、遠江の國人等三方が原の合戰の後、本國に立歸り、爰かしこ要害搆て立籠る、三方…
- p002…攻むるまでもなく落失せぬ、同き六月二俣の城を攻む、今年五月武田四郞勝賴、遠江國に發向し、掛川の城を廻り見るに、此城中々たやすうは落されじと覺えければ、…
鳥居 第四中 · 2
- p001…川義元の下知に依て、岡崎の城には、安部大藏石川右近二人を留守として、駿河遠江の軍兵を込置き伊賀守忠吉松平次郞左衞門重吉して、御領の事を奉行させ、其年…
- p010…十一日靑山大藏大輔幸成、大相國家の御使として、駿河殿の御館に行向ひ、駿河遠江を賜ひ、本領甲斐を合せて三箇國を領し玉ふべき旨を述べしに、駿河殿悅せ玉ふ…
安部 第四中 · 2
- p001…部が許に夜討す、散々に戰て、敵數人を打つ、其隙に郞從等主の妻子引負うて、遠江國に落行く、斯て安部父子德川殿に召れて、彼の夜討せし奴原、速かに追討すべき…
- p001…に馳向ひ、彼の奴原悉く誅戮す、斯て信玄駿河國を攻取て、要害五箇所を搆て、遠江國をも併せんとす、安倍口津渡野村、藁科口水見色、時川根の山王山、遠目の…
渡邊 第四中 · 1
- p001…そ一生の高名數ふるに暇あらず、中にも元龜三年十二月廿二日、武田入道信玄、遠江國に發向し、三方が原に至る、德川殿、守綱を召されて、敵のやうを見せらる、守…
永井 第五 · 1
- p011…同き五年、上總の國にして地加へらる、一万石を加へ給ふ、同き九年、遠江國にして地また加らる、五千石加へられて、都合二万四千石を領すといふ、…
奧平 第六 · 2
- p007…長篠、田嶺、吉良、田原、三河の地なり刑部、吉比、新庄、山梨、高畑遠江の地なり等の地を給ひけり、同き七月貞能父子三河國武節の城を攻落す、信…
- p007…號幷御諱字を給ひ、また上野國小幡城を賜ひ、慶長五年四月叙爵し、七年三河國遠江國にて所領給ひ、累代相傳の地なりとて、三河の作手に居住せらる、十五年七月廿…
岡部 第六 · 1
- p001…城に落來り、また德川殿と戰ひ、此城にも、たまりかね、明れば十二年の五月、遠江國をも、德川殿へさけ渡し、所緣に附きて、北條を賴みて、伊豆國戶倉の城に落行…
加々爪 第六 · 1
- p001…名郡新池鄕を領す、子孫是を傳領して、備前守政豊に至る、永祿十一年德川殿、遠江國に入り玉ふ時、政豊、最初に御方に參りしかば本領を下し賜ひ、其子備前守政尙…
稻葉 第十上 · 1
- p004…敗れ敵既に近きぬと云ふ程に、味方以の外に周章す、一鐵入道これを見て、三河遠江の者共が、軍せん樣いか程の事やあるべき、いでゝゝ此老武者が眞先懸て打ち破…
駿河殿 第十一 · 2
- p001…同き九年七月廿七日權中納言に轉し從三位に昇り給ひ、寛永二年正月十一日駿河遠江を參らせられ、甲斐の國を合て三箇國を領し給ひ、駿河の國府を御座所と定めら…
- p001…國に趣き、靑山大藏少輔幸成は甲斐國に趣く、其餘大名御家人等二十餘人、駿河遠江甲斐の國々に向ふ、如何なる事ぞといふ事を知らず、人皆不審しあへり、十一月…
- p001…守宗成と同く懸川の城を守り、又鹽井原の城を守て武田が勢と戰ふ、其賞として遠江國にして所領賜り、上張菅谷龜甲等の地三方が原堀越長篠等の軍に從ひ、甲…
高力 第十一 · 1
- p001…て其職に任じけり、本多作左衛門重次天野三郞兵衞康景と共に三人去程に遠江國の住人久野三郞左衞門宗能が籠つたる久野の城と申は、當國第一の要害、久野が…
天野 第十一 · 1
- p003…正少弼心變りして備後守の許に使たてゝ抑も今川治部大輔、岡崎に加勢して駿河遠江參河の軍勢を催して、尾張の國に攻め入らんとす、廣忠が質として嫡男僅か六歲…
菅沼 第十一 · 3
- p003…盈程なく攻落して還り住む、同き八年當國の住人、悉皆德川殿に隨ひ參らせ、又遠江國を併せられん事を議せらる、定盈謀り申す旨ありて、同き十一年の冬に至り、井…
- p003…を取てまゐらす、德川殿悅ばせ給ふ事大方ならず、頓て其賞行はれ十二月十二日遠江國に在る所の本領悉く定盈にぞ賜りける河合の郷幷に高部等の地也…
- p005…に留り守る、同き三年十月甲斐の武田大膳大夫入道信玄、德川殿に中たがひして遠江國に發向し、二股の城を攻め落す、東三河の國人等忽に心變して悉くに武田に與み…
石川 第十二下 · 1
- p003…りけれ、三方原の合戰の時、數正織田殿の加勢として近江の國に向ふ、武田入道遠江の國に向ふと聞て取て返す、昔美濃の守護土岐が國に在りといふ淺岡の何某は、弓矢…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히