地名索引 › 山城伏見城
山城伏見城
本文表記 伏見の城・伏見・伏見城・伏見の御城
越前 第一 · 1
- p001…大坂の家人相謀て、うしなひ申さんとの結搆ありと、告け申ものあり、此時守殿伏見の城に留守せさせ給ふ、伊奈圖書して、御家人等盡く參らせらるべきよし仰つかはさ…
松平(深溝) 第二 · 1
- p001…國上代の城に移り、また同國小美川の城に移る一万石慶長五年八月朔日、伏見の城を守りて、上方の多勢と戰ひ、年四十六歲にて家子郞等八拾五人、同じ枕に打死…
松平(荻生) 第二 · 1
- p001…東に移り玉ひし時、近正上野國三の倉の地を給ふ、五千石慶長五年の秋、伏見の城に留りて討死す、年五十四歲とぞ聞えたる、近正男子二人、嫡子若狹守一生、二…
松平(藤井) 第二 · 1
- p003…守の居城なり、後大坂より召されて、今里の要害を守る、明る春に至ては、伏見の城に來り守る、再ひ兵起りてのち、飯盛の邊に陣をとる、兩御所のぼらせ玉ひしか…
松平(久松) 第三 · 5
- p002…三萬石此年從五位下隱岐守になる、同き十二年閏四月廿九日仰を蒙りて、伏見の城を守る、西城にあり、山城近江の國々にて、便宜の地下し賜ひ、四萬石…
- p002…十四年より、駿河遠江は、遠江宰相殿領したまふと云云、思ふに定勝朝臣、伏見を守りしのちは、彼嫡子遠江守定吉、掛川をゆづられしにや、定吉卒して、遠…
- p002…卒せし年をしらざれば、いかにもわかち難し、十九年の冬大坂の兵亂には、伏見の城にあり、明れば元和元年の夏、再ひ兵起しには、二條の城を守り、子息河內守定…
- p002…り、明れば元和元年の夏、再ひ兵起しには、二條の城を守り、子息河內守定行、伏見城を守る、同き三年あまた地つけて、伊勢の國桑名の城を賜ひ、十萬石又十一…
- p002…し、大坂の兵起りし時、馳向て城を攻め、再ひ兵起し時は、十八歲にして、まづ伏見城を守る、道明寺の戰に、みづから高名し、明る日、將軍家の御手にて、一番に首…
井伊 第四上 · 1
- p014…なり十九にして書院番頭となされ、同き十六年大番の頭となされ、同き十八年伏見の城を守る、十九年冬大坂の兵起りしに、兄の直勝病に臥す、大御所の仰を受け給り…
榊原 第四上 · 1
- p003…そうたてけれと、淚を流し諫め奉れば、德川殿御心とけて、明れば九月廿五日、伏見の御城にて御對面在て、海道の軍のやうを、御物語りあり、山道の事をも問せ玉ひしか…
鳥居 第四中 · 3
內藤 第四中 · 1
- p001…貫の城を下し賜ふ、二万石慶長五年の秋、鳥居彥右衛門尉元忠と同じく、伏見の城に留る、上方の軍勢、寄すると聞て、二男小一郞を倶して西城にぞ籠りける、八…
植村 第四中 · 1
- p001…、家忠日記追加に植村法印と記す、帶刀泰勝父に繼で、慶長十八年伏見の城を守る、井伊直孝と共に守るなり、大坂前後の戰に、將軍家の先陣を打て…
松平(戶田二連木) 第四下 · 1
- p007…河の城を賜て移る、二万石同き十四年七月より、同十六年の七月に至て、伏見の城を守る、其守り怠らざりし賞として、下野國皆川の地を分ち賜ふ創業記に出…
小笠原 第六 · 1
- p001…ぞ移りける、關が原の戰には、中納言殿の御供して、山道をのぼる、同き十二年伏見の城を守る大坂の軍には、將軍家の先陣うつて戰ふ、其子左衞門佐政信、政信が子貞…
岡部 第六 · 1
- p001…關が原の戰には、下野國黑羽根に陣取つて、上杉が勢と戰はんとす、慶長十二年伏見の城を守る、是を城番といひしなり同き十四年八月六日、丹波國龜山の城を賜…
山口 第六 · 1
- p001…の地たまひ、一万石又大番の頭となつて、御奏者の事をかぬ、同き十四年伏見の城を守て、憲法をみたさざりしかば、十六年十二月十五日、その賞を行はる、五…
鍋島 第八上 · 1
- p006…故なり、如何で違命の人の方人せんとて、こゝより引返へし、大坂の先陣して、伏見の城を攻落し、海道より攻め下りて、伊勢の國安濃津の城をも落して、同國松坂の城…
上杉 第八下 · 1
- p017…鮮に渡りて、釜山の城を築く、同八月、歸朝し本國に趣き、三年の秋、上洛して伏見の城を築き、慶長元年、暇賜て歸國す、明れば二年の春、召に隨て上洛す、陸奧會津…
立花 第八下 · 2
桑山 第九上 · 1
- p002…三万石〇法印始て此城を築て住せしと云文祿四年、關白秀次の事ありし時、伏見の城を守りし事に由りて、秀吉新恩の地を加へ賜ふ、一万石其地は泉州に在と云…
木下 第十上 · 3
宗 第十上 · 2
松浦 第十上 · 2
五島 第十上 · 1
- p004…玄雅大坂に在て伏見を攻めし由を、家忠日記を始め是記に見えしかど、關が原記の說は本文の如し、…
山岡 第十一 · 3
金吾 第十二上 · 7
- p003…て落す、凡そ討取る所の首一万三千二百三十八、太閤に献る、此使者同月廿四日伏見の城に馳せ參る、太閤軍のやうを聞召して御感斜ならず、石田治部少輔三成密かに申…
- p003…勢を籠め置て同三月十七日釜山の港に船を泛へ四月四日大坂に着き、明れば五日伏見の城に參らる、秀秋に隨ふ所の七人の軍奉行、幷に加藤左馬助嘉明同じく參る、伏見…
- p007…參り、秀秋は內府の御方仕るべく思ひなして候と申さる、政所聞召して大坂の兵伏見の城攻めらるべしと聞ゆ、和君が兄の宰相これ勝俊の事なり後に長嘯子と申…
- p007…奉行等と中違ひして、爰にて軍起さんこと然るべからずとて返し給ひしに、勝俊伏見の城を出づ、秀秋この上は伏見の城に入て東國の御勢と共に立籠り內府を待つけ參ら…
- p007…起さんこと然るべからずとて返し給ひしに、勝俊伏見の城を出づ、秀秋この上は伏見の城に入て東國の御勢と共に立籠り內府を待つけ參らすべしとて、伏見の城に使立て…
- p007…この上は伏見の城に入て東國の御勢と共に立籠り內府を待つけ參らすべしとて、伏見の城に使立て此由を云はせらる、鳥居彥右衞門尉元忠其旨に隨はず、實に內府の御方…
- p007…は黑田如水入道が姪婿なり關東に此由を申し、寄手にぞ加はりける、伏見の城落てのち此城かりて東國の勢の攻め上らん程を待つべしと思ひしに城悉く燒かれ…
加藤 第十二上 · 1
- p005…り、閏七月十二日の夜半、大地夥しく震ひて、畿內畿外悉くに山崩れ水涌きて、伏見の城破れ崩る、清正最初に馳せ參て嚴しく警衞したりければ、太閤の御感を蒙て遂に…
最上 第十二上 · 1
- p003…して此恩報じ參らせんと思ふ明れば慶長元年閏七月十二日の夜、大地夥しく震て伏見の城悉くに破れ崩る、爰に有合ふ大名、皆々太閤の御所に馳せ集る、義光一人家子郞…
藤田 第十二下 · 1
- p001…ける、かゝる所に景勝が軍起りぬと聞えて、追討の爲、德川殿大坂を御立あつて伏見の城に入らせ給ひ、能登入道源心が許に御使あつて、阿部善九郞秋元越中守下…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく