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今川氏真
본문 표기 氏眞・今川氏眞・今川殿・屋形・今川上總介氏眞・上總介氏眞・君・品川殿
松平(久松) 第三 · 1
- p002…大方殿御母上傳通院殿と申せし御事なり深く歎き玉ひ、かれが兄源三郞、今川殿へ質とし、駿河國にありしを、武田がために奪はれ、かろうじて彼國を逃れ出て…
酒井 第四上 · 2
井伊 第四上 · 10
- p003…其子肥後守直親といふ、同五年春直親が郞等小野但馬、主を恨る事やありけん、今川殿に參て、我主に候ふ肥後守は、織田德川の人々に心を合て、屋形に叛き參らする…
- p003…やありけん、今川殿に參て、我主に候ふ肥後守は、織田德川の人々に心を合て、屋形に叛き參らすると申ければ、氏眞大に怒て、急き井伊を退治あるべしと、軍勢を…
- p003…に候ふ肥後守は、織田德川の人々に心を合て、屋形に叛き參らすると申ければ、氏眞大に怒て、急き井伊を退治あるべしと、軍勢を催さる、今川の一族新野左馬助、…
- p003…大に怒て、急き井伊を退治あるべしと、軍勢を催さる、今川の一族新野左馬助、氏眞を諫めて、直親と年比親しく相語らひて候へば、かれが心の中をば能く存しぬ、…
- p003…申て、井谷の城に人を馳せて、かくと告ぐ、肥後守これを聞て、直親先祖より、今川殿の御被官となり參らせてより、このかた、累代終に御うしろめたき事候はず、中…
- p003…にも父にて候直盛、故殿の御供申て、桶狹間の戰に打死しぬ、されば彼の信長は君の御敵といふのみにあらず、直親が身に取ても、父の仇なるに、いかで屋形に叛…
- p003…信長は君の御敵といふのみにあらず、直親が身に取ても、父の仇なるに、いかで屋形に叛きまゐらせ、君父の重讐に組みし候べき、此旨をもつて、誤りなき由を、申…
- p003…城の住人、朝比奈備中守は、井い谷の先陣給はつて、おのが城に、勢揃ひして、屋形の發向を待居たりしに、直親此所を忍ひやかに打過ると聞て、混甲二三百騎、鞭…
- p003…汝にめし預くべしとて、左馬助にたもふ、此とし引間の戰に、新野また討死ず、氏眞重て、肥後守がみなし子失はんとし給へば、新野が妻深く匿くす、猶顯はれぬべ…
- p004…たれざりしは一定なり、直親後終に從弟が家繼て、また小野が爲に讒せられて、氏眞の爲に誅せられし事、家忠日記增補等の說の如くなるにや、また直滿討れし時、…
石川 第四中 · 1
- p002…方に在て、御使を承り、土呂の要害に行向ひ、御敵を降參させ、國中悉く平ぐ、今川上總介氏眞、外舅の武田に、信玄駿河の國府を落されて、遠江國掛川の城に立こもり…
安部 第四中 · 2
松平(戶田二連木) 第四下 · 1
- p005…以て嗣とす、是れ丹波守康長なり初め丹波守、二連木の城に在て、今川に屬す、氏眞の家亡びんとして、日々に國人等が心も計り難くなりし程に、永祿七年に至て、…
牧野 第四下 · 1
- p001…し狀を見るに、新次郞此程は質子として、今川が許に在りしなり、十二年の冬氏眞駿河國を失ふに及ひて、本領の地に歸りたるべし、…
松平(松井) 第四下 · 7
- p001…む、さらばとて免されたり、忠次、兵を道に伏せて、鵜殿が二人の子を生捕る、氏眞深く歎き玉ひ、三郞殿を返し參らせて、鵜殿が子を乞ひ返さる、忠次ゆゝしく謀…
- p001…搆へ、東條の城を攻め落す、忠次に、東條の城を加へ玉ふ、同じき十二年正月、今川氏眞、遠江の國掛川の城にこもられしを攻めらる、同き廿二日の夜に入つて、かたき…
- p003…平甚太郞家忠、代龜千代丸井に周防守康親、駿河國山東の地を賜ひ半をば今川氏眞に參らせられ、康親して、今川家の事をぞ執せらる、…
- p004…去し永祿の末、今川氏眞、武田が爲に、駿河國を失ひ、遠江國掛川の城に落來り、また德川殿に破られて…
- p004…みを思召され、如何にもして再び駿河國へ、返へし入れらるべきよしを仰らる、氏眞ゆかりに就て、北條を賴み、小田原に落行玉ひしかば、武藏の品川といふ所に置…
- p004…に就て、北條を賴み、小田原に落行玉ひしかば、武藏の品川といふ所に置かる、品川殿と申せしが、北條の力にて、本國を取返さん事も、叶ひ難く、德川殿の御情にて…
- p004…づ本國に歸る事を得られたり、此のち武田亡ひ、德川殿駿河國を分ち取り玉ひ、氏眞に城を賜ふべしと議せられしを、信長聞き玉ひ、かゝる不覺の人に、駿河の地與…
西郷 第四下 · 1
- p001…正勝が曾孫なり、正勝代々西鄕の城に住し、永祿の頃、始て德川殿に屬し奉る、今川上總介氏眞、安からぬ事に思て、同五年九月十一日、軍勢を差向け、西鄕城を襲はしむ、正…
酒井 第五 · 9
- p001…張國織田上總介信長、宗徒の家人等を召集て、義元既に我が爲に討れし後、其子氏眞我が勢にや恐れけん、敢て戰ふに及はず、松平藏人元康、猶庭弱の者なり、速に…
- p001…時も安き御心もましまさず、是れ偏に當家の爲のみにも候はず、しかしながら、氏眞の方人して、一度信長と勝負决せん爲に候はずや、それに正しき義元の子にて、…
- p001…て、一度信長と勝負决せん爲に候はずや、それに正しき義元の子にて、まします氏眞、父の仇を報ぜんと思ふ心なし、たとへ氏眞こそ愚がにましますとも、今川家に…
- p001…れに正しき義元の子にて、まします氏眞、父の仇を報ぜんと思ふ心なし、たとへ氏眞こそ愚がにましますとも、今川家にして十八人と聞えし輩は、など此恥を存ぜざ…
- p001…殿と御和睦ありし事、いづれの書にも詳ならず、此說伊東法師が記に出づ、氏眞此由を傳聞き、以の外に怒て、竹千代君を先として、御人質御家人等のも、共に…
- p001…ふべし、御心安く思召候へと申て、御家人の中を選みて、成瀨藤六郞を使とし、氏眞無双のきり人三浦右衞門佐に就て、其旨趣を陳ず、抑亡父廣忠が時より、元康が…
- p001…が、質として、參らせたる、或は妻子、或は兄弟を捨て、如何で元康に隨ひて、屋形には背き奉るべき、されば家人等が背き奉らざらん內は、元康たとへ不道を存ず…
- p001…亡し、舊恩に報ひ參らせんと、先に申せし事、違ふ事あるべからずと申ければ、氏眞も誠に深き謀なりとて、其心とけてけり、幾程なくて、又德川殿を恨むこと起り…
- p001…事は、松平周防守康親が傳、又附錄の石川伯耆守數正が傳に詳なり、去程に氏眞は、舅の武田入道信玄の爲に、駿河國を破られて、遠江國掛川の城に落來り、德…
奧平 第六 · 2
岡部 第六 · 1
- p001…間系圖に漏るゝ人多かるべし、世々駿河國に住して、今川の被官たり、上總介氏眞の時に當て、外舅武田信玄の爲に、駿河國を陷され、永祿十一年の冬、遠江國懸…
小出 第十上 · 1
- p004…の計らはん樣に任すべしと思ひ定たり、去れども此人昔今川義元が由緣を思て、氏眞を駿河國に返し入れん事を計り、故右大臣殿の好を忘れかねて、信雄を助て秀吉…
靑木 第十下 · 1
- p003…慶長十八年八十六歲にて、大坂の城に卒せしと云ふ民部少輔一重は、初め今川上總介氏眞に仕ふ、今川亡ひ給ひし時、一重むかし新坂の合戰に、よき敵と組て首取て名を…
菅沼 第十一 · 4
- p003…野田の城に移り住む、定盈父祖に繼き野田の城に住して今川に屬す、永祿の初め今川上總介氏眞德川殿と中たがひし、當國の住人、德川殿の御方に參る者多し、定盈又德川殿に…
- p003…ひし、當國の住人、德川殿の御方に參る者多し、定盈又德川殿に組みし參らす、氏眞安からぬ事に思ひ、夜に乘して野田の城を襲ふ、定盈無勢に多勢叶ひ難く、一方…
- p003…乘して野田の城を襲ふ、定盈無勢に多勢叶ひ難く、一方打破て岡崎の城に參る、氏眞頓て駿河の國人等して城を守らす、定盈程なく攻落して還り住む、同き八年當國…
- p004…一說に此年十二月十二日武田信玄、駿河の國府を落し、今川氏眞遠江國掛川の城に落ち來る、德川殿掛川を攻め給はんとて見附に陣取らせ給ひ、…
石川 第十二下 · 3
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히