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地頭
本文表記 地頭職・地頭
本多 第四上 · 1
- p001…りてけり、助秀が男右馬助助定、將軍尊氏卿に隨ひ參らせ、尾張國横根粟飯原の地頭になさる、助定の時、志村某を討て參らせしに因て、御敎書を成され…
酒井 第五 · 1
- p007…備後守が所頭の地に、備後といひし百姓あり、忠利が家從等、彼百姓を召して、地頭の御受領を犯し、名のる事、然るべからず、速に改め名のれと云ひしかば、彼の…
毛利 第八上 · 1
- p003…、子息等初めて、かくは名のりしにや、季光が子孫、安藝國高田郡吉田庄の地頭職に補せらる、季光十一代の孫、備中守弘元、當國高宮郡多治比鄕に住し、四人の…
鍋島 第八上 · 1
- p001…右衞門尉茂尙、これ加賀守直茂が祖父なり、初め享祿三年、肥前の國佐賀の郡の地頭、龍造寺山城守家兼、太宰新少貳冬尙を助けて、當國の住人筑紫朝日杉の人々と…
分部 第九上 · 1
- p003…北條既に亡ひ、尊氏將軍の時に至て、安濃奄藝兩郡の地頭職を賜はり、手に從ふ所の軍勢、凡五千人、國司北畠殿と地を爭ふこと、代々を經…
遠藤 第九上 · 1
- p004…六郞大夫胤賴が男中務入道素暹が時、承久の功に依て、美濃國郡上郡山田の庄の地頭職に補せらる、常慶は中務入道十代の孫なり、慶隆其外祖常慶が累代の所領を、讓…
市橋 第九上 · 1
- p001…、一說に大和源氏の流、成田三郞光治、承久の勳賞に、美濃國池田郡市橋の庄の地頭職に補せられ、後子孫當國に住して、市橋と名のる、光治七代の孫七郞左衞門尉利…
溝口 第九上 · 1
- p001…溝口彥左衞門尉勝政が男なり、昔し逸見又太郞義重、承久の頃、美濃國大桑鄕の地頭職に補せられしより、子孫代々、彼國に在り、其後尾張國に遷て、溝口の地に住せ…
南部 第九下 · 1
- p002…あれば、本文には略して爰にしるす、〇初め加々美遠光の三男光行、甲斐南部の地頭職たるに依り、南部三郞とは名乘しなり、其後陸奧の國に移れる事、何れの代なる…
六郷 第九下 · 1
- p001…は、二階堂信濃判官行忠が後、彈正忠道行が男、其祖代々出羽國山北六鄕の庄の地頭たりしより、六鄕とは名乘りしなり、豐臣太閤、世を知し召されし後、政乘本領…
那須 第九下 · 1
- p001…波の五賀庄、信濃の角足庄、若狭の東宮川原、武藏の大田庄、備中の繪原庄等の地頭職を賜ひ、又兄の十郞爲隆、義經の命に背きしに依て、弟の宗隆、那須の家を繼く…
大田原 第九下 · 1
- p002…父丹五基房と云ふが孫にて、丹三大夫恒房が二男刑部亟實平、榛澤郡安保の庄の地頭に補せられ、承久の時、宇治の合戰に討死す、彼が後、代々安保と稱す、貞治の…
龜井 第九下 · 2
伊東 第九下 · 4
有馬 第九下 · 1
- p002…小太郞と云ふ、小太郞が六代の孫遠江權守經純が代に、肥前國高來郡有馬の庄の地頭職に補せらる、是れ有馬と名乘るの初なり、經純が子有馬左衞門尉朝澄と云ふは、…
相良 第十上 · 1
- p002…たれし時、高名を顯はし、其勸賞に播磨國飾磨郡、豐前國上毛下毛等の郡にて、地頭職を賜はり相良の庄を井せ領す、…
宗 第十上 · 1
- p001…衞門尉に任ず、寛元四年に對馬の國に押し渡て國人阿比留を討つて、終に當國の地頭となつて、太宰の少貳に屬す、是れ此家の對馬を領せし始とす其子右馬七…
高力 第十一 · 1
- p001…が時に至て、足利殿に尊氏將軍隨ひ勳功の賞行れて、始て三河國八名郡の地頭職賜る、直鎭が四代の孫新二郞直家、永享十一年箱根山の戰に打死し、其子兵庫頭…
山崎 第十二下 · 1
- p001…が後胤志摩守片家が男也、初め憲家鎌倉の右大將家に仕へ、近江國犬上郡山崎の地頭になされ、又田中入道阿西とも申けり、此後子孫相繼で山崎の城に在て、當國の…
關 第十二下 · 1
- p001…、盛國成人の後二人の男あり、兄は關左近大夫將監實忠、伊勢の國鈴鹿郡關谷の地頭職を賜り、鎌倉に住して北條家に屬す、弟は長崎三郞左衞門尉盛綱、北條が家の執…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく