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松平広忠
本文表記 岡崎殿・贈大納言家・廣忠卿・岡崎贈大納言家・若君・廣忠・岡崎の贈大納言家・故殿・贈大納言廣忠卿・千松丸殿・岡崎どの
松平(形原) 第二 · 3
水野 第三 · 4
- p001…、刈屋城に在て、嫡子下野守信元して、小河の城を守らす、天文十年忠政の娘を岡崎殿へ參らせられ、贈大納言廣忠卿の御事明る十一年十二月廿六日、德川殿を…
- p001…野守信元して、小河の城を守らす、天文十年忠政の娘を岡崎殿へ參らせられ、贈大納言廣忠卿の御事明る十一年十二月廿六日、德川殿を設け玉ひ、十二年七月十二日、忠政…
- p001…其家を繼く、駿河國今川殿に中違うて、尾張の織田備後守信秀に心を通ぜらる、岡崎殿無二の今川の方人にて、信元の振舞ひ安からずとて、忽に北の方を送り返させ玉…
- p001…らずとて、忽に北の方を送り返させ玉ひけり、かゝりしかば、兩家心よからず、岡崎殿うせ玉ひ、德川殿御成人の後に至り御外舅なれど、合戰やむ事なし、和泉守忠重…
酒井 第四上 · 5
- p004…世に傳ふる所に曰く、初め廣忠卿十一歲にて、駿河にまします時、天文五年四月八日、酒井左衞門卒す、其子を將…
- p004…べからず○家忠日記增補を考ふるに、酒井將監天文十六年織田彈正忠に組して、廣忠卿に背き、永祿六年一向宗亂の時、又德川殿に背くとしるす、誤れるにや、大久保…
- p004…一向宗亂の時、又德川殿に背くとしるす、誤れるにや、大久保彥左衞門物語に、廣忠卿の御時の事しるして曰く、坂井左衞門尉殿は、織田彈正と心を合せて、御城へ詰…
- p004…道六十五才のとき設けし子なり、覺束なし、大久保が記によれば、天文十三年に廣忠卿に背き參らせて、尾張へ行し左衞門尉といふ者あり、これ入道にあらず、また忠…
- p005…忠次譜代重職の家を繼き、又岡崎贈大納言家の御妹君にそひ參らせ、德川殿の御伯母聟なりければ、忠次の室は、初め長澤…
本多 第四上 · 2
本多 第四上 · 2
本多 第四上 · 1
- p001…助定が後胤、三河國德川家譜代相傳の御家人なり、作左衞門重次生年七歲にて、贈大納言家に仕へまゐらせしより、德川殿の御時に至て、度々の高名數を知らず、永祿八年…
本多 第四上 · 1
- p002…やあらんといふ事あり、是また一說なれば、こゝに附す、次郞三郞殿うせ玉ひ、贈大納言家、繼がせ玉ひしに至て、正忠常に御方に組す、其子助太夫忠俊父に繼ぐ、永祿三…
大久保 第四中 · 15
- p003…事、大久保が家、初度の大功なり、幾程なくて、二郞三郞殿世を去らせ玉ひ、贈大納言家御諱廣忠此時には千松丸殿と申し奉る、御年僅に十歲になり玉ふを、內膳…
- p003…初度の大功なり、幾程なくて、二郞三郞殿世を去らせ玉ひ、贈大納言家御諱廣忠此時には千松丸殿と申し奉る、御年僅に十歲になり玉ふを、內膳正信定出…
- p003…り、幾程なくて、二郞三郞殿世を去らせ玉ひ、贈大納言家御諱廣忠此時には千松丸殿と申し奉る、御年僅に十歲になり玉ふを、內膳正信定出雲守長親の二男二…
- p003…、岡崎の城を出し參らせ、御領悉く奪ひ取る、安部大藏を初めて、御家人少々若君の御供し、大久保兄弟は殘り留る、安部、伊勢の國より駿河國府に趣き、今川殿…
- p003…國府に趣き、今川殿を賴みしかば、義元朝臣軍兵を差添へて、參河國牟呂の城に若君を納らる、天文四年二郞三郞殿失玉ひ、贈大納言家國を去り玉ひ、伊勢…
- p003…添へて、參河國牟呂の城に若君を納らる、天文四年二郞三郞殿失玉ひ、贈大納言家國を去り玉ひ、伊勢の神戶に趣き、遠江の貝塚に移り、同き五年九月牟呂の城…
- p003…枚づゝ、三日までこそ出させたれ、忠利、兄弟等を近付け心あらん御家人、誰か若君を迎へんと思はざるべき、夫にかく我を疑ふは、年頃の本意察せられぬ、事もし…
- p003…人々を始て、譜代の御家人かり催し、天文六年五月朔日岡崎の城を奪ひ返へし、若君を迎納れ奉る、此事精く大久保が物語、阿部四郞兵衞定次入道が記に見…
- p003…有て、所帶沒收せらる、信孝大に驚き、今川殿に附て、誤なき旨を申披んとす、岡崎殿、即ち贈大納言家の御事なり、彼罪科輕からずとて許し給はず、信孝深く…
- p003…せらる、信孝大に驚き、今川殿に附て、誤なき旨を申披んとす、岡崎殿、即ち贈大納言家の御事なり、彼罪科輕からずとて許し給はず、信孝深く恨み參らせ、兵起して…
- p003…、信孝深く恨み參らせ、兵起して軍せんとす、この信孝と申は、安祥殿の御弟、岡崎殿の御叔父にて、譜代の士あまた其手に附らる甚四郞忠員、彌三郞忠久、兄弟も彼…
- p003…正しき君には背くべき、いざ岡崎に參らんといひしかば、人々皆尤〱と同じて、岡崎殿に馳參る信孝彼等を賴んでこそ軍せんとは思ひつれ、今は如何にも叶ふ可らずと…
- p003…御父なり、信秀大に悅び、信孝に案内させ、三河國に向て、爰かしこに攻入、岡崎殿今川の加勢乞て戰はんとて、德川殿僅か六歲に成り玉ふを、駿河國に參らせらる…
- p003…る、然る所に、田原の戶田心變りして、若君信秀が爲に奪れ玉ひ、幾程なくて、岡崎殿かくれさせ玉ひ、備後守信秀も失せ、是より先、藏人信孝も打れしなり、…
- p003…取參らす、此事の始終、伊東法師か記に詳なり、世に傳ふる諸記には、此事岡崎殿御在世の中の事と記す、誤れるに似たり弘治元年、德川殿の御家人、今川の催…
石川 第四中 · 2
鳥居 第四中 · 2
內藤 第四中 · 2
內藤 第四中 · 2
內藤 第四中 · 1
- p001…、左京進義淸が二男、甚五左衞門善敎に、始は甚藏と名乘、天文十二年、始て岡崎の贈大納言家に隨ひ、德川殿の御時迄仕へし人なり、男子三人あり、嫡男甚五左衞門何某二…
植村 第四中 · 10
- p001…ば、彈正忠信秀、軍勢をひきゐて、岡崎に參らんに、我等爰にて腹切らば、誰か若君の御爲に、矢の一筋もはか〲しくは、射出すべき、去れば我等が討死せん事此時…
- p001…は、一人も參らす、森山より引返してける譜代相傳の御家人等、わづか八百人、若君に暇申て、八百人を二手に分け、伊田のあなたに打て出づ、此人々の心のほど、…
- p003…天文十四年三月、御家人蜂屋の何某、如何なる故にや、岡崎殿を一刀さしまゐらせ、刺損して逃げ出つ、御打物の鞘をはづてし追かけ玉ふに、…
- p004…り、文勢入道が記せし所に同しからねども、記する所悉く實記と見ゆ、其記に、岡崎殿をさし參らせし人は、蜂屋といふ其名は聞かずと記せり、世には片目八彌といひ…
- p004…ふべきものか、わどのゝ祖父は、德川殿に年一つ兄とやらん申されき、德川殿は岡崎殿十七歲の御時、設られし所なり、岡崎殿廿四歲の御時かくれさせ玉ひし者をとい…
- p004…に年一つ兄とやらん申されき、德川殿は岡崎殿十七歲の御時、設られし所なり、岡崎殿廿四歲の御時かくれさせ玉ひし者をといひしかば、出羽守も尤に候といひしなり…
- p005…源氏の末流岩松次郞經家が末孫なり、與大夫が父片目八彌といひし者は、安祥殿岡崎殿二代に仕へ奉り、度々の高名を顯し、近習に召仕る、心や狂じけん、岡崎殿うち…
- p005…祥殿岡崎殿二代に仕へ奉り、度々の高名を顯し、近習に召仕る、心や狂じけん、岡崎殿うち參せんとして誅せられぬ、人其故を知らず、其子與大夫此年に生れて、むつ…
- p005…誅せられぬ、人其故を知らず、其子與大夫此年に生れて、むつきの中にて有り、岡崎どの不便にや思しけん、八彌は我に仕へて、終に二心なし、今何のゆゑ有てか、我を…
- p005…事も止みぬと云云、此事誠ならんには、八彌が孫は、舞々となつてありしにや、岡崎殿の御情、有難き御事にあらずや、…
松平(戶田二連木) 第四下 · 3
酒井 第五 · 13
- p001…川殿に至て、三代の間に仕へて、家の事、大小となく司る、安祥殿うせ玉ひて、岡崎の贈大納言家、伊勢の國に渡り給ふ時、御一門の人々、譜代の御家人等と謀て、再ひ岡崎の城…
- p001…へて、北の方となし參らす、程なく若君御誕生ありしかば、德川殿の御事岡崎殿の御悅淺からず、御家人の中を選はれ、政親御竹刀を獻り、安藝守清兼、石川御…
- p001…き、程なく尾張の國の織田に、心を合て、今川殿に背き玉ふよし、聞えければ、岡崎殿大に驚き給ひ、廣忠むかし今川の力を賴みて、本國に歸る事を得たり、されば今…
- p001…織田に、心を合て、今川殿に背き玉ふよし、聞えければ、岡崎殿大に驚き給ひ、廣忠むかし今川の力を賴みて、本國に歸る事を得たり、されば今に彼の芳恩を忘れず…
- p001…れば今に彼の芳恩を忘れず、然るに、今川に向ひ弓を挽き、矢をはけん者の妹、廣忠が妻にせん事、本意にあらずとて、同き十三年八月、北の方いたはらせ給ふこと…
- p001…人にて、おことら一人も、生て歸らん事、叶ふべからず、自らこそ、思はずも、岡崎殿に別れ參らせども、竹千代殿おはしませば、其方ざまの人々をば、如何ばかり、…
- p001…を合て馳來る、送り參らせし輩、稀有にしてこそ遁れたれ、松平紀伊守家廣も、岡崎殿の北の方の御姉に、添ひしかば是も刈屋へ返しけるに、送りし者共、一人も殘ら…
- p001…ば、御思慮の程いみしく又政親が計ひ情ありとぞ申ける、同き十七年三月十九日岡崎殿、今川の人々に同く、織田彈正忠信秀と、小豆坂に戰ひ玉ひし時、手合の戰に、…
- p001…等、鳴海大學助と云ふ大剛の兵を討取れば、敵の軍敗れにけり、同き四月十五日岡崎殿に叛き、信秀に從ひし松平藏人信孝、岡崎に押寄す、政親、石川、大將にて明大…
- p001…押寄す、政親、石川、大將にて明大寺の邊に出向ひ、戰て信孝を討取る、程なく岡崎殿うせ玉ひ、德川殿、駿河國に留められ玉ひしかば、政親等岡崎を守て、若君御成…
- p001…あり、各一同に申けるは、當家もと今川の一族被官と申にても候はず、一とせ、故殿いまだ幼き御時、此城を出させ玉ひしに、御供の輩、御所緣に付て、義元を賴み…
- p001…加勢を乞て、再ひ還し入れ奉りしより、此かた、兩家の好み日々に深し、然るに故殿うせ玉ひし後、義元なさけなくも、君を駿府に押留め參らせ、御領悉くに押取り…
- p001…藤六郞を使とし、氏眞無双のきり人三浦右衞門佐に就て、其旨趣を陳ず、抑亡父廣忠が時より、元康が身に至るまで、故治部大輔殿の御情を蒙て候事、如何でか忘れ…
永井 第五 · 2
安藤 第五 · 1
- p003…重信が祖、三河國の住人安藤太郞左衞門尉家重、始て岡崎贈大納言家に仕へ參らせて、德川殿の御時に至る、家重が嫡子木工助基能、德川殿の御時、…
井上 第五 · 1
- p002…ばなり、清秀成人の後に、大須賀五郞左衞門尉康高の手に屬す、阿部大藏少輔が贈大納言家に忠を盡せし事は、大久保が物語、家忠日記增補、阿部四郞兵衛入道が記等に詳…
奧平 第六 · 1
- p013…平源七郞親則、三河國長澤の城に住み玉ふ、親則七代の孫、長澤上野介康高は、贈大納言家の御娘、大御所の御妹君を迎へ、源七郞康忠をまうけらる、康忠、文祿二年の冬…
本多 第十一 · 1
- p001…の孫忠正、三河國に移て其男正定、始て安祥二郞三郞殿に仕へ、正定が子俊正、岡崎の贈大納言家に仕ふ、正信はこの俊正が嫡男なり、正信初め彌八郞と申て、童なりしより、德…
高力 第十一 · 3
天野 第十一 · 8
- p001…衞尉藤原康景は、天野藤內遠景が末孫、三河國の住人甚右衞門尉某が男也、初め岡崎贈大納言家の御時松平內藏允、名は信孝といふ岡崎殿の御叔父なり…
- p001…甚右衞門尉某が男也、初め岡崎贈大納言家の御時松平內藏允、名は信孝といふ岡崎殿の御叔父なり…
- p003…秀に心を合て、岡野上利田に要害搆へて岡崎に背き、事既に難儀に及びしかば、岡崎殿御家人等を召集められ、人々の意見を聞召す、宗徒の人々僉議して今川殿の加勢…
- p003…をば參らすべけれ、先づ然るべき人質を賜るべうもや候と宣ひて御使を返さる、岡崎殿大に悅ひ給ひ、德川殿其頃は竹千代殿と申て、御年六歲に成らせ給ふに、宗徒の…
- p003…輔、岡崎に加勢して駿河遠江參河の軍勢を催して、尾張の國に攻め入らんとす、廣忠が質として嫡男僅か六歲なるを、駿河國に納れんとて我城の邊を打過ぐべしと聞…
- p003…と細々と語りて城中にぞ歸りける、御供の人々是を聞いて少弼殿と申すは正しく岡崎殿今の御舅、彼御娘我等が國に渡らせ給ふ、縱令その御腹を假らせ給はずとも、若…
- p003…たり、御送と見えし軍兵同じく陸に上る、大將と覺しき兵、御供の人々に使立て岡崎殿織田備後守信秀と御心を合はせらるゝに依つて、竹千代殿を迎へ奉る所なりと申…
- p003…忍ひ出で、明日岡崎に參りしにぞ此由かくとは知れてける、同き十八年三月六日岡崎殿かくれ給ひ、今年十一月義元、歸依の僧雪齋が謀にて安祥の城を攻め、信秀が三…
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