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榊原康政
本文表記 康政・榊原・小平太・式部大輔・榊原式部大輔康政・榊原式部太輔康政
姉川合戰榊原二の手功名の事 卷之三 · 3
三方ケ原合戰の事 卷之三 · 1
- p03…より軍始りて、夜更くる迄の軍に、衆寡支へ難くて崩れ立ちしに、榊原は東の方西島に向ひて引き退く。信長の侍大將平手汎秀は、いなと…
東照宮和泉國堺より御歸國の事 卷之五 · 1
- p03…田原の地士山口玄蕃御膳を獻じて、宇治川に至らせ給へば船無し。榊原が士原田左衞門馬を乘り入れ瀨踏して打涉す。酒井忠次船一艘を探…
榊原康政秀吉を誹りて札を立てられし事 卷之六 · 5
- p01…小牧陣の時榊原康政、秀吉の事を誹りて札に書き、織田家に向ひて弓を引く事、不義惡…
- p01…義惡逆の至りなり、と書きて所々に立たるを、秀吉齒嚙して怒り、康政が首を取らん者には十萬石の地を與へん、とぞ觸れられける。其後…
- p01…觸れられける。其後東照宮と和平して婚姻の約有りける。始の使に康政を賜はるべし、と秀吉申されて京に上りしに、秀吉對面し、小牧に…
- p01…に及べば其志を悅び思ふなり。此事を直に言はんが爲に迎へたり。小平太と呼ばんは如何なり。敍爵然るべし、とて式部大輔とは此時よりぞ…
- p01…が爲に迎へたり。小平太と呼ばんは如何なり。敍爵然るべし、とて式部大輔とは此時よりぞ申しける。偖饗禮有りて厚く馳走有りけるとぞ。…
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 1
- p01…時素より立て置きたる汝が組一萬を五百づつ二十に分ち、外に酒井榊原が今度京に上る供の外留置きたる兵一萬、是も二十に分ち、佐屋の…
井伊直政關白を討たんと言はれし事 卷之九 · 1
- p01…東照宮小田原に向はせ給ふ時、先陣は榊原康政と命ぜられ、井伊直政御旗本と定め給ふ。直政每も先陣を好まれし…
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 6
- p03…可からざる由申す旨あり。依りて世の中愈樣々なる風說あり。其頃榊原式部大輔康政伏見に上るとて、二月二十五日尾州宮に著きけるが、伏見の騷がし…
- p03…見よりの飛脚に行逢ひ、未だ弓箭は始まり申さぬ、と言ふを聞き、康政悅んで則ち膳所に陣し、秀賴の下知と稱し、伏見の騷に附き東海、…
- p03…められ、草津、野洲を始めとして、何萬といふ數計るべからず。扨康政三日の後未刻に、構へたる關所を開かせたれば、旅人一同に京伏見…
- p03…未刻に、構へたる關所を開かせたれば、旅人一同に京伏見に入る。康政膳所を立ちて、七千許の人を率ゐて伏見へ入りければ、京にて關東…
- p03…入りければ、京にて關東より數萬の軍兵馳著きたり、とひ振らす。康政小具足著て鉢卷し、馬印押立てて參りければ、御前に召して御手づ…
- p03…立てて參りければ、御前に召して御手づから御熨斗を下されけり。康政下知して、御藏より料足數千貫出させ、人々に分渡し、內府の軍兵…
細川忠興忠告の事 卷之十一 · 1
- p03…り。斯る深志有らんとも知らざりける悔しさよ、と悅ばせ給ひて、榊原康政を召して、如何有る可き、と仰有り。事急に候。後れては人に制せ…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 12
- p06…ば攻めよ、とて陣を寄せらる。其日は百姓の家に込入りたりしに、榊原康政、眞田今夜必ず夜討すべし、とて物見を出し、篝火を透間無く焚か…
- p06…透間無く焚かせたり。果して信仍夜討せんと支度したりけれども、康政の設によりて夜討はせざりけり。斯くて明れば九月六日押寄せ給ふ…
- p08…も有らんに、眞田父子八十四人の手鼓を打つて高砂の謠をうたふ。榊原、憎き奴かな、といふ儘に眞先に馬を乘出す。其兵二千許後を取切…
- p08…城に入らばや、と諫めて、眞田高砂の謠を終らずして引入りけり。康政、康成押續いて寄せけるを、正信、輕々しう攻めん事然るべからず…
- p10…有り。森右近大夫忠政を上田の押とし、台德院殿圍を解かせ給ふ。榊原殿せしに、眞田遙に見て、榊原が有樣吾を侮れり。追駈けて食止め…
- p10…押とし、台德院殿圍を解かせ給ふ。榊原殿せしに、眞田遙に見て、榊原が有樣吾を侮れり。追駈けて食止め一軍せん、と云ひけるに、眞田…
- p10…ひけるに、眞田が許に年老たる法師武者の謀由々しき有りけるが、康政程の者爭で其謀無かるべき。古の兵法に、歸師勿逐といふ事の候…
- p10…に、歸師勿逐といふ事の候、とて止めて追はざりけり。東照宮、榊原は必ず懸り引にすべき者なり、と仰せられしが、後に召して御尋有…
- p10…ず懸り引にすべき者なり、と仰せられしが、後に召して御尋有り。榊原承り、御大將は城に遠き山に懸りて引き給へ、と申して、臣は城下…
- p11…信之、井伊直政、榊原康政に就きて、父を助け給はり候へ、と申す。東照宮聞召し、許容有り…
- p11…べし。必ず父在世の中に伊豆守を誅せられよ、と云ひも終らぬに、康政、心得て候。房州御赦免の事は康政が申上げて事能くせん。昔の義…
- p11…せられよ、と云ひも終らぬに、康政、心得て候。房州御赦免の事は康政が申上げて事能くせん。昔の義朝には大に異る豆州かな、と言ひて…
後藤又兵衞花房助兵衞見切暗合の事 卷之二十 · 1
- p03…けられ、花房が子を武州長榮山本門寺の上人に預け置きしを、後に榊原康政養ひて飛驒守といふ。助兵衞老衰、席上にも人に扶けらるゝ程なり…
家康公駿府御花見の事 拾遺 卷之二 · 2
家康公慶長五年七月會津御發向の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…り置き候。上杉家中に誰も知る者なし。近日家康公御著陣、御先手榊原式部太輔康政已に大田原に著く。大田原は白川より一日路なり。景勝之を聞きて…
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