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三河岡崎城
本文表記 岡崎の城・岡崎城・三河國岡崎の城・同國岡崎の城・岡崎の本城・參河國岡崎の城
越前 第一 · 1
- p001…、如何にもして、父上の見參に入ればやと思召し、於義丸殿三歲の御時、德川殿岡崎の城に入らせ玉ふこと有りしに、かねて能く敎へ參らせ、殿の渡らせ給ふほとりの明…
松平(荻生) 第二 · 1
- p001…して、軍勢を卒て、蟹江の城を責破る、明れば十三年十一月、石川伯耆守數正、岡崎の城を去て、秀吉へ參りし時、近正が許へ使たて、大野又右エ門といふ者なり…
松平(櫻井) 第二 · 1
- p002…、關東に移り給ひし時、武藏國八幡山の地を給ひ、一万石關が原の戰に、岡崎の城を守り、また犬山の城を守り、又美濃國金山の城を守る、此年慶長五年の冬、終…
水野 第三 · 1
- p007…九年九月六日、三河國吉田の城に移り、四萬五千石正保二年正月十一日、同國岡崎の城に移り、五萬石六十四歲にして、延寶四年八月廿九日に卒す、其男右衞門…
本多 第四上 · 7
- p001…し參らせて、信廣を迎へらる、かくて義元朝臣、若君を駿河の國府に止め置て、岡崎の城には、我兵をこめて守らせ、御領盡くに押取て知行せらる、若君十三の御年、御…
- p001…て知行せらる、若君十三の御年、御元服有て、十五の御年、軍初め有べしとて、岡崎の城に入らせ玉ふ、豐後守廣孝、宗徒の人々と謀て、梅が坪廣瀨等の城を攻められ、…
- p002…に代て、常に駿府に候すべし、これ一つ、元康の國に歸らんには、駿河の御勢、岡崎の城を守るに及ぶべからず、是二つ、元康が本領闕所の地においては返し給るべき所…
- p003…重疵いまだ癒されども、馳向て先をかく、ことし天正十三年十一月石川伯耆守、岡崎の城を出て、上方に參りしかば、康重、二男次郞紀貞を人質となして獻る、汝が家、…
- p003…關が原の合戰には、中納言殿の供奉しければ、軍をばせず、明れば慶長六年二月岡崎の城を給りぬ、五万石、十六年三月病に臥す、將軍家驚かせ玉ひ、松平助十郞…
- p003…せ玉ひ、松平助十郞隆信を御使にて、病を問はせ玉ひ、此月廿三日五十才にて、岡崎の城に卒しけり、嫡男伊勢守康紀父に繼て、豐後守に任ず、童名は彥三郞、御諱字給…
- p003…爵して伊勢守になされ、父卒して跡をつぎ、寛永十一年四月將軍家御上洛の時、岡崎の城に入らせ玉ひ、新恩の地を加へ賜ふ、三河にて五千石、正保二年正月十一…
本多 第四上 · 5
- p003…、重次が手に屬せらる、同き七年八月、三郞殿の御事ありて後、重次仰を承り、岡崎の城を守る、高天神の城落し時、重次が手に打とる首十八、十餘人を生捕す、同き十…
- p003…方ならず、かゝりし程に、また東西の軍起りなんと聞えて、宗徒の御家人の中、岡崎の城守るべきものを選ばる、本多佐渡守正信承りて、此城を枕として討死仕るべき者…
- p003…、此城を枕として討死仕るべき者に仰付らるべしと申ければ、やがて、重次召て岡崎の城を給り、數百騎の兵を屬らる、此時重次が御暇乞申しゝ氣色、生て再び見參すべ…
- p004…都に御逗留あらん程は、それに留めさせ玉ふべしとて、大廳を下し給ひしかば、岡崎の城に入れまゐらせ、重次これを守る、井伊大久保も同じく御後にとゝまる、…
- p006…しとて、重次と佐渡守正信とに奉行せさせ、修理の事仰下さる、同き三月關白殿岡崎の城に入玉ふ、此城は重次守る所なれど、御迎にも參らず、城へ入らせ玉ひし後も、…
井伊 第四上 · 1
- p004…にも及びさむらはじ者をと仰せられしかど、大廳既に御首途ありと聞えしかば、岡崎の城に迎へ入れ給ひ、直政を御跡に留めらる、御見參の事終りて後、程なく歸らせ給…
大久保 第四中 · 5
- p003…主の仰に依れりともいふなり、爰に當國の住人松平彈正左衞門尉昌安、其身は岡崎の城に在ながら、山中の地をも兼領し、東三河盡く打從へんとす、和泉入道殿四代の…
- p003…四月風烈しく雨甚しき日、御勢引倶して、山中の城を襲ひ取る、此勢に乘して、岡崎城をも攻らるべしと聞えしかば、彈正左衞門大に恐れ、急ぎ聟君となして、岡崎の…
- p003…岡崎城をも攻らるべしと聞えしかば、彈正左衞門大に恐れ、急ぎ聟君となして、岡崎の城を讓り參らす、二郞三郞殿、忠茂を召て、汝が功莫大なり、恩賞請に依るべし、…
- p003…に十歲になり玉ふを、內膳正信定出雲守長親の二男二郞三郞殿の御叔父、岡崎の城を出し參らせ、御領悉く奪ひ取る、安部大藏を初めて、御家人少々若君の御供し…
- p003…狀し、忍ひ〱に御一門の人々を始て、譜代の御家人かり催し、天文六年五月朔日岡崎の城を奪ひ返へし、若君を迎納れ奉る、此事精く大久保が物語、阿部四郞兵…
石川 第四中 · 1
- p002…御軍始あるべしとて、參河國梅が坪廣瀨等の城を攻めらる、淸兼諫め參らせて、岡崎の城に引返され、程なくまた駿府に歸り玉ひ、義元朝臣只管に留め參らせて、本國に…
鳥居 第四中 · 3
內藤 第四中 · 1
- p001…取る、同十二年小牧の軍に隨ひ、此年蟹江の城を攻め、十三年石川伯耆守數正、岡崎の城を去りし後、石川が寄騎の侍八十人、家長が手に屬せらる、十八年小田原の先陣…
松平(戶田二連木) 第四下 · 1
- p004…殿北の方をば下野守方へ送り返し玉ひ、戶田彈正少弼の娘を迎へ玉ふ、されども岡崎の本城は、わか君しらせ玉ふべき所なればとて、新城に迎入れ玉はんとありしに因て、…
戶田(田原) 第四下 · 1
- p002…代の本領田原の城を賜ふ、一万石同十二年叙爵す、大坂の軍起し時、初め岡崎の城を守り、其後大坂に馳せ上り、大御所の後陣に候ひける、再ひ兵起しには、三河…
酒井 第五 · 2
松平(竹谷) 第十一 · 1
- p001…清宗の子なり、初め和泉入道殿の二男和泉守守家より清善に至るまで凡そ四代、三河國岡崎の城にあり、清善初て同國竹谷に移りて竹谷與二郞と名乘りしより、世の人竹谷の松…
平岩 第十一 · 2
天野 第十一 · 1
- p003…駿河國へ參らせらる、御供の輩都合五十餘人を具せられ、天文十六年八月二日に岡崎の城を御立あつて西郡より御船に召され吉田に着かせ給ふ所に、當國田原の住人戶田…
菅沼 第十一 · 1
- p003…ぬ事に思ひ、夜に乘して野田の城を襲ふ、定盈無勢に多勢叶ひ難く、一方打破て岡崎の城に參る、氏眞頓て駿河の國人等して城を守らす、定盈程なく攻落して還り住む、…
北條 第十一 · 1
- p003…德川殿の御家人になされ上總國岩富の地を下し給ふ、一万石關が原の戰に三河國岡崎の城を守り、慶長十六年五十二歲にして卒す氏勝初め保科彈正忠正直が三男養うて家…
田中 第十二上 · 1
- p001…幡山の城を賜り、三万石兵部少輔從五位下になされて、天正十八年の秋、參河國岡崎の城に移る、三万石を加へられて六万石を領す一說に四万石を加へらると云ふ此時…
石川 第十二下 · 2
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