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豊臣氏
本文表記 豐臣家・羽柴・豐臣・太閤家・豊臣
水野 第三 · 1
- p001…うけ給はれば、伯耆守と同しく、上方に參りしなるべし天正十五年七月卅日、豐臣の姓賜て、叙爵す、此頃までは、總兵衞と申せしなり、按するに、家忠日記…
永井 第五 · 1
- p009…と、仰られしを、羨まぬ人もなし、同き四年三月廿日大閣、直勝に從五位させ、豐臣の姓をゆるさる、關が原の合戰の時、御所の御右に陣して大將を承る上は、自ら…
板倉 第五 · 2
北條 第六 · 1
- p003…父氏綱父氏康兄氏政に至て、領する所の地八箇國、武威東海に奮ふ事凡百餘年、豐臣の關白、天下の事しろしめすに及ひて畿内の地は云ふに及ばず、山陰山陽南海西…
小堀 第六 · 1
- p001…して、所領の地加へ給ふ、一万石にて、備中松山の城を守れり、政一初め豐臣家に仕へて、其後德川殿に召仕はれ、近江國にて一万二千石元和九年、伏見…
池田 第七上 · 1
- p008…る、斯て長湫の合戰に、入道父子秀吉のために討死せしかば、輝政岐阜を賜ひ、豐臣の姓許され、羽柴三左衛門尉と名のり、秀吉關白に任じ給ひし時、侍從にこそな…姓
淺野 第七上 · 2
前田 第七上 · 2
堀 第七上 · 1
- p001…長濱の城を賜ふ、其後秀吉に隨ひ參らせ、天正十一年同國佐和山の城を賜ひ、又羽柴の號を許され、左衞門督になさる、同き十三年越前國を賜ひ、北庄に移る、廿…
森 第七下 · 1
- p001…より、我が爲に死を決してけりと、深く感じ、遺言に任せて、舍弟に家繼がせ、羽柴を名のらせ、右近大夫になし、忠政とめす、明れば十三年七月、自ら關白せし時…
嶋津 第八上 · 4
- p003…ずと、皆人危み思ひしに、義弘一戰の功に依て、軍全うして、事終りぬ、德川殿豐臣家の奉行と議せられ、其勳功の賞として、慶長四年正月九日義弘所領の地を加へ賜…
- p003…れ、其勳功の賞として、慶長四年正月九日義弘所領の地を加へ賜ひ、薩摩の內豐臣家御領の地、四万石を賜ふといふ、忠恒四位の少將になさる、こゝに嶋津が家…
- p003…つて、都のさわぎ仕出しければ、忠恒其咎を憚りて、高雄の麓に蟄居す、德川殿豐臣家の奉行等に仰せらるゝ旨あつて、忠恒その咎を免かる、德川殿頓て數十騎の兵し…
- p003…て、家久と名のる、家忠日記追加に出づ、○太閤の家號許されて、今までは羽柴を名のりしなり、同十四年の春、家久望み請て琉球を擊つ、此年二月廿八日南…
秋田 第八下 · 1
- p006…愛季遙に織田殿に音信を通し、年毎に往來絕ゆる事なし、織田殿失せ給ひし後、豐臣家に、使者を献る事、前代に替らず、天正十五年九月朔日、秋田の城に卒す、實季…
市橋 第九上 · 1
- p002…白秀吉に從ひ、天正十三年三月十三日、七十三歲にて卒す、下總守長勝、又織田羽柴の兩家に仕へて、美濃國今尾の城を領す、一万石慶長五年の秋、德川殿の…
溝口 第九上 · 1
- p005…天正十四年、從四位下に叙し、豊臣姓を賜はる、慶長三年、越後國新發田の城に遷さる、五万石同き五年の秋…
毛利 第九下 · 1
- p001…如何にと云ひければ、高政兄弟、森と云ふ文字を改て、毛利とは書きたりけり、豐臣家、天下知し召して後、召返され、叙爵して、民部少輔になされ、朝鮮の事起て、…
小出 第十上 · 3
谷 第十上 · 1
- p002…今領する所は一万石、本領の儘なるにや、豐臣家の時の記には、一万六千石の由見えたり、凡そ此家の事は、其系圖を見ねば詳な…
木下 第十上 · 1
- p001…原平入道道松助左衞門が男、豐臣太閤家北政所の御兄なり、年若き時より豐臣家へ仕へ、家號を賜て木下とは名乘りけり、大坂の城の留守として、播磨國姫路の…
秋月 第十上 · 1
- p009…の國に使立つ、斯て嶋津が軍勢、肥後筑後の勢を催して、豐後の國に攻め入る、豐臣家の御使仙石長曾我部を先として、大友が勢を打破る、關白此由を聞召し、明る十…
宗 第十上 · 1
- p009…月彼使具して都に上り、殿下に參る、關白の御感淺からず、頓て侍從になされ、羽柴の號を賜る、又朝鮮の軍勢を催して、大明に攻め入らんことを仰せ合はされしに…羽柴 称号
久留嶋 第十上 · 1
- p001…長曾我部に降る、來嶋得居兄弟ばかり、これに隨はず同き十三年の秋、元親も亦豐臣家に降る、本領なれば土佐の國をば賜りて、阿波讃岐伊豫の國をば收公せらる、元…
織田 第十下 · 2
片桐 第十下 · 3
高力 第十一 · 1
- p001…ば、秀吉悅び給ふ事大方ならず、同き十四年叙爵させて河內守になさる、此時豐臣姓を授けられしと云十八年德川殿關東に移らせ給ふに及て、武藏國岩槻城を…
山岡 第十一 · 1
- p003…怠らず、されば、德川殿も彼等兄弟の輩をば、さる賴しき人に思召し、其後兄弟豐臣家に隨ひ參らせ、備前守景友、慶長の初め入道して宮内卿法印になされ、道阿彌と…
蒲生 第十二上 · 1
- p003…るまで、悉く戰功を顯し天正十六年四月十八日左近衞權少將正四位下になされ、羽柴の號を許さる、此年松坂の城を築て移る同き十八年春夏の間、關白殿に隨ひ相摸…
福嶋 第十二上 · 4
里見 第十二上 · 1
- p003…上總下總の地收公せられ、本領なれば安房國を賜ふ、九萬二千石なり其後豊臣の姓賜ひて四位侍從兼安房守になされ朝鮮の事起てのち筑紫の陣に馳せ參る、慶…
富田 第十二下 · 2
西尾 第十二下 · 1
- p001…て當國の守護齋藤山城守利三に仕へ、齋藤が家亡びて後、織田殿に從ひて、また豐臣家に仕ふ、系譜に出つ…
關 第十二下 · 1
- p001…卒し、慶長三年の春氏鄕の男藤三郞秀行、下野國宇都宮の城に移さる、關田丸は太閤家に召し歸され、二人同じく信濃國にして所領賜る關は飯山の城田丸は川中島…
松倉 第十二下 · 1
- p001…め吉野郡五條二箕の城に在りといふ、又一說に重政いまだ九一郞と申せしより、豐臣家に仕はれ初め二千石を賜ひ、其後三千石を加へられしといふ、其說各同じからず…
坂崎 第十二下 · 1
- p002…將軍家第一の姫君は豐臣家の御臺所にてまします、大坂の城敗れし日、希有にして逃れ出させ給ふを、熊野…
村上 第十二下 · 1
- p001…初め次郞右衞門尉と名のり、丹羽五郞左衞門尉長秀が家人たり、長秀卒して後、豐臣家に召仕はる、其後周防守になされ從五位下に叙せられ、越前國を分ち賜ひ堀左衞…
瀧川 第十二下 · 1
- p010…白の爲に國奪はれし後、下總守雄利、殿下に召され神戶の城を賜ひ二万石羽柴を名のらせ御相伴衆になされて常に御側に侍らひたり、太閤薨し給ひし後、慶長…
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