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甲斐国
본문 표기 甲斐・甲斐國・甲斐の國・甲州・甲信・甲駿
尾張 第一 · 1
- p001…大御所第九の御子、御童名五郞太丸殿、慶長八年正月廿八日、御年四歲の時、甲斐の國を參らせらる、同き十一年八月十一日、御元服あつて、德川右兵衞督殿と申、從…
保科 第一 · 2
松平(形原) 第二 · 1
- p001…高名す、家信、父家嗣に繼ぎて、天正十年の秋、武田亡ひ、織田殿失せさせ玉ひ甲斐信濃の國々亂る、家信いまだ又七郞と申て生年十四歲、十三歲と云說非なる…
酒井 第四上 · 4
- p007…申す、此上は忠次强て諫申に及はず、小山の城をせめらる、四郞勝賴是を聞て、甲斐信濃上野の軍勢、生殘りたる者共に、長篠にて討れたる兵の、或は子或は弟など…
- p007…十月高天神城おちしとき、首四十二切て獻る、同き十年武田亡ひし時、先陣打て甲斐に入り、織田殿、駿河遠江三河を經て、本國に歸り玉ふべしと聞えしかば、德川…
- p007…忠次先陣承り、尾張の國に打入、光秀既に討ると聞えければ、此所より引返し、甲斐の國に向ひ玉ふ、忠次また先陣す、七月十四日忠次信濃國十二郡の事、知行すべき由…
- p007…國々從へんと、數萬騎を引卒して、打て入ると聞えしかば、忠次信濃國を去て、甲斐國に引返し、九月十日、忠次一勢、自餘の勢をまじへず、北條の勢を打破る、かく…
本多 第四上 · 2
本多 第四上 · 1
- p003…に討取所の首廿一、武田亡ひし年の秋、廣孝康重、大久保七郞右衞門忠世、共に甲斐國を打ち平ぐ、明れば天正十一年、廣孝叙爵して、右兵衞佐に任ず、廣孝叙爵し…
本多 第四上 · 1
- p003…首十八、十餘人を生捕す、同き十年の春、武田亡ひ、同き夏織田殿うたれ玉ひ、甲斐信濃再ひ亂れしかば、德川殿、彼の國に向ひ玉ふ、北條も同じく彼國々爭ひ玉ふ…
榊原 第四上 · 2
大久保 第四中 · 12
- p003…記等に見えず、甲陽軍鑑にも此事を論したり、天正三年四月武田四郞勝賴、甲斐國を立て遠江國を經て、參河國長篠の城に押寄す、德川殿御父子後卷せんとて打立…
- p003…國田中の城にあり、爰をも忠世ぞ受取てける、今年六月、織田殿また討れ玉ひ、甲斐信濃再ひ亂る、忠世仰を承り、宗徒の人々打連て、甲州を討從へ信州に至て、諏…
- p003…、織田殿また討れ玉ひ、甲斐信濃再ひ亂る、忠世仰を承り、宗徒の人々打連て、甲州を討從へ信州に至て、諏訪小太郞を始とし、當國の國人等を悉く降だす、かゝる…
- p003…ゝる所に、北條左京太夫氏直、上野國をしたかへ、碓氷峠を打越え信濃の國より甲斐の國に入て、德川殿と戰ふ、忠世又計らうて、眞田安房守昌幸、御方に參る、斯て諸…
- p003…も、皆御家人にめされて後、十二月廿一日、濱松に歸り玉ふ時、忠世を召され、甲信の國々打續たる兵亂に、人の心いまだ定らず、或は上杉等に志を通し、或は北條…
- p003…使を賜て、御方に召るゝ事、度々に及へども參らず、主の行方、覺束なしとて、甲斐國に歸りき、武田が兵多き中に、彼が忠を存ぜしに、似たるものも候はず、又忠世…
- p003…か落せし城九つといふ、信蕃本領を賜ひ、佐久郡六萬石なり、其後甲斐駿河の地加へられて、十萬石に至る、○山中忠兵衛が記せし所を見るに、依田…
- p003…功莫大なり、大久保が家の事にあらねば略しぬ、柴田をば、忠世と共に甲斐國にぞ留めらる、今年六月の終より、十二月に至る迄、僅か七月にたらずして、甲…
- p003…國にぞ留めらる、今年六月の終より、十二月に至る迄、僅か七月にたらずして、甲斐信濃の隨ひしは、忠世が功こそ、多かりけれ、大久保か家、大功の四つなり…
- p005…た信玄の子に龍寶と申が、盲なるを、眞田が主になさんとて、越後國より迎て、甲斐の國へ打入んとすと聞ゆ、もし風聞の如くんば、甲斐國また亂れなんず、彼といひ、…
- p005…んとて、越後國より迎て、甲斐の國へ打入んとすと聞ゆ、もし風聞の如くんば、甲斐國また亂れなんず、彼といひ、これといひ、以の外の大事なれば、暫く此城に留り…
- p010…といふ老翁、御館へ參りて、本多佐渡守に申事あり、この馬塲といふ者は、元は甲州武田が士、年頃御勘氣を蒙て、相摸守に預られて、小田原の城にあり、相摸守に…
石川 第四中 · 1
- p002…守康通、首十六を獻る、武田滅し年の秋、康通大久保七郞右衞門忠世と同じく、甲斐信濃打隨へ、天正の十二年信雄卿を助け給ひ、羽柴と軍起りし時、日向守家成掛…
鳥居 第四中 · 7
- p001…春城落しに、討取所の首十九、此年の夏、駿河國持舟の敵を打破り、同十年二月甲斐國に入給ひし時、駿河國を過玉ふに、敵田中の城より出づ、元忠等仰を承て敵を打…
- p001…、元忠等仰を承り、古府中に陣を取る、北條左京大夫氏直、武田が國を爭うて、甲斐國に向ふ、元忠三宅惣左衞門康俊等と、御方わづかに六百餘人の勢を以て、左衞門…
- p001…內の地を下し給ひて當國を鎭めらる、同十二年小牧の軍ありし時、元忠留まりて甲斐を守り、嫡子新太郞忠政を御陣に參らす、忠政此年十九歲にして軍始し、みづか…
- p010…輔幸成、大相國家の御使として、駿河殿の御館に行向ひ、駿河遠江を賜ひ、本領甲斐を合せて三箇國を領し玉ふべき旨を述べしに、駿河殿悅せ玉ふ御氣色もなく、又…
- p010…事がら惡しとや思ひけん、成次が方に向ひ、大國二つ參せらるゝのみにあらず、甲斐の國をも其儘に合せ領し玉ふべきとの事、返す〱も、めで度御事に候と賀し申ければ…
- p010…返す〱も、めで度御事に候と賀し申ければ、殿忽に御氣色損じ、やあ大藏大輔、甲斐國元の儘に領する事、忠長が分に過ぬと思ふや、たま〱天下の主の子弟と生れたら…
- p010…〱諫め參らせ、頓て御供して、悅申の御出仕をなさせ參らせたり、同き八年成次甲斐國にて病にふす、あした夕へを期し難しと聞ゆ、大相國家より大納言殿に御暇を賜…
內藤 第四中 · 1
- p001…落す、石川が同心板倉源十郞石川三郞左衞門に首取せしといふ、同き十年、甲斐の國に入て、大野の要害を守る、松平玄蕃允淸宗等と北條の勢と戰ひ、首二十七打取…
戶田(田原) 第四下 · 2
牧野 第四下 · 1
- p003…出て御後を襲はんとす、康成等取て返し打破りぬ、十年の春、織田三位中將殿、甲斐國に攻入り給ひし時、三月三日康成仰を承て、牧野の城を出、駿河國に至り、興國…
松平(松井) 第四下 · 1
- p005…部少輔を討取、康親が郞等岡田竹右衞門が討しなり、同十年の秋、德川殿甲斐國に發向あり、北條が軍勢襲ひ來る事あるべしとて、伊豆駿河の境なる三枚橋の城…
西郷 第四下 · 1
- p001…より此かた、譜代の御家人等と輪番して、牧野の城を守り、武田既に亡ひし秋、甲斐國に向ひ玉ふ時、駿河國江尻の城に留て、北條が勢を防き、小田原の城攻られし時…
土岐 第四下 · 1
- p003…定政是を見て、馬を馳て敵二騎を切て落し、其首切て、水野が首をば取り返しつ甲斐國にして北條と戰ひ玉ひし時、定政、鳥居彥右衞門元忠と同じく、小山の要害を守…
伊丹 第五 · 2
奧平 第六 · 2
小笠原 第六 · 7
- p001…子、小笠原信濃守長清に十七代の後胤なり、秀政が祖父信濃守長時が時に當て、甲斐の源氏武田大膳大夫晴信と、互に國を爭ひ、戰ふ事年を重ね、天文廿二年五月六…
- p001…をさけ渡す、晴信大に悅ひ、武田小笠原同し流れの源氏なり、何か苦しかるべき甲斐の國にて、所領一所、參らせんと曰せたり、長時聞て、我等が先祖兄弟より分る、武…
- p001…所、參らせんと曰せたり、長時聞て、我等が先祖兄弟より分る、武田は兄なれど甲斐に住し、小笠原は弟なれど都に在り、足利殿に近侍せしに依て、常に武田が下に…
- p001…曾左馬助義政、武田に背きて、織田殿に從ふ、三位中將信忠卿、信濃國を經て、甲斐の國に攻め入て、終に武田を討亡し、木曾が功莫大なり、其賞これ輕かるべからず、…
- p001…深志の地をそへて下したぶ、幾程なくて、此年六月、織田殿父子また討れ玉ひ、甲斐信濃等の國々亂る、右近大夫貞慶、急き馳せ下りて、本國を討ち從ふべきよし、…
- p001…かけあひの軍に、上杉と戰はん事叶べからずとや思ひけん、此處より引返して、甲斐國に入て、德川殿と戰ふ、初め德川殿、小笠原が本國を打從へしと聞召て、さらば…
- p001…して、貞慶が陣に押寄せて戰ひ、首餘多切て獻らせたり、さる程に、北條氏直、甲斐の國に打入り、同き左衞門大夫氏勝が兵を合て、都合其勢五万五千、德川殿の御勢七…
小笠原 第六 · 2
岡部 第六 · 3
諏訪 第六 · 1
- p001…り、嫡男は刑部大輔賴隆、二男新二郞滿隣とぞいひける、賴隆が男刑部大輔賴重甲斐の武田入道信玄に討れし後、賴重は信玄が妹聟なり、賴重を失つて、我妹の…
土屋 第六 · 2
屋代 第六 · 1
- p001…左衞門尉源勝永は、信濃國の源氏、代々當國更級郡屋代に住す、甲斐の武田入道晴信、信州を打隨へし後、彼家の被官として、度々の戰功を顯はす、…
池田 第七上 · 1
- p008…にて荒木が勢を追詰て、兄と同じくよき敵と組んで首を取る、天正十年兄弟共に甲斐の國の先陣す、信長失せ玉ひし後、秀吉大德寺にして葬送の儀を行れしに、信輝故殿…
淺野 第七上 · 3
森 第七下 · 1
- p001…家の輩は、鬼武藏とぞ名付たる、甲斐の武田が亡ひし時、長一先陣を承る、信濃甲斐上野等の國々打從へ、信濃の更級高井水內埴科四郡を賜て、海津の城を築く、前…
眞田 第九上 · 2
金森 第九上 · 2
南部 第九下 · 1
- p001…直は、刑部亟義光の新羅三郞曾孫、信濃守遠光が加々美二郞三男、甲斐の源氏南部三郞光行が後胤、大膳大夫信直が男なり、光行が後、代々鎌倉殿の御…
有馬 第九下 · 1
- p011…に言葉なし、大御所以の外に、御氣色損し、晴信をば大久保石見守に預けられ、甲斐の國に流され、大八をば、阿部川の邊にて磔罪に行はる、晴信が子左衞門佐直純には…
加藤 第十上 · 1
- p001…ければ、天正十二年近江國高島の城を賜ひ、叙爵して遠江守に任し、同き十八年甲斐國悉く賜ひ領しぬ、廿四万石去れば殿下年來の御家人にて、御覺他に異なり…
駿河殿 第十一 · 6
- p001…まします、御童名は國千代丸、御歲十三にならせ給ひし時、元和四年三月十一日甲斐の國を參らせられ、同き六年八月廿二日、參議從四位下兼右近衛權中將になされ給ひ…
- p001…權中納言に轉し從三位に昇り給ひ、寛永二年正月十一日駿河遠江を參らせられ、甲斐の國を合て三箇國を領し給ひ、駿河の國府を御座所と定めらる、同き三年八月十九日…
- p001…る、十月廿三日永井信濃守尙政、御使を承て駿河國に趣き、靑山大藏少輔幸成は甲斐國に趣く、其餘大名御家人等二十餘人、駿河遠江甲斐の國々に向ふ、如何なる事ぞ…
- p001…趣き、靑山大藏少輔幸成は甲斐國に趣く、其餘大名御家人等二十餘人、駿河遠江甲斐の國々に向ふ、如何なる事ぞといふ事を知らず、人皆不審しあへり、十一月十六…
- p001…十六日大納言殿の近習の侍廿餘人、諸大名に召し預けらる、此頃にぞ世には此殿甲斐に徙され給ひぬといふ事をば知れる、同月廿一日永井靑山、御使より歸り參る、…
- p002…膳大夫入道信玄の旗幟出たり、將軍家怪しみ思召されて、御糺明の事ありしに、甲斐國に長遠寺といふ親鸞宗の僧あり、故入道が時に、此僧大坂長嶋の使して、信長亡…
松平(竹谷) 第十一 · 1
- p001…て子息家清に讓て興國寺の城にあり、玄蕃頭家清これも初は與二郞と申す、初め甲斐國に入せ給ひし時、北條が勢と勝沼に戰ひ首餘多切て獻る、父が家を繼てのち、長…
松平(大須賀) 第十一 · 1
- p001…事、康高が功莫大なり、此年遠江國城飼の地を賜ひて横須賀の城に移る、德川殿甲斐の國に攻め入らせ給ふ時、康高先陣を承り、今年の秋また北條が勢と戰て勝軍し、長…
平岩 第十一 · 3
菅沼 第十一 · 2
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히