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美濃国
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본문 표기 美濃國・美濃・美濃の國・濃州
尾張 第一 · 2
- p001…川右兵衞督殿と申、從四位下に叙し、十二年閏四月廿六日、尾張の國を給ふ、美濃尾張合て六十一万九千五百石餘、…
- p003…かへる、十六年三月廿日、參議從三位右中將を兼ねらる、同六月朔日より、伊勢美濃等の大名、また名護屋の城を增築く、十九年の秋、大坂の兵起りしかば、十月三…
- p003…田上野介の雜人と、信一が下部と、古き烏帽子一つをばいあひて、爭論に及ひ、美濃尾張の軍勢、一つに成て、信一が陣に押寄す、德川家の人々是を見て、此上は力…
水野 第三 · 1
- p005…の御書をなし下さる、勝成是れを帶し馳上りて、軍勢を催し、先陣に馳せ加り、美濃國に赴きて、曾根の古城を守りて、嶋津兵庫入道と戰ひ、大柿の城を攻めて、攻く…
酒井 第四上 · 1
- p007…と作りかけ、靜かに引てぞ歸りける、かゝる所に、秀吉拾萬餘騎を隨へて、既に美濃國に打入と聞えしかば、御方いづくに陣取てか戰ふと評定あり、小牧の山よかるべ…
本多 第四上 · 2
- p006…よりは、西國盡く平げなんと存じ、まづ四國を退治せよとて、三男信孝、後に美濃の屋形三七殿軍勢付けて遣はしぬ、信長また中將と共に山陰山陽を從へんが…
- p010…、東西一時に軍起る、忠勝仰を蒙り、井伊直政と共に、御方の大名、打つれて、美濃國に向ひ軍し、九月十五日の合戰に、諸軍を下知して軍させ、我身も嶋津を打破り…
本多 第四上 · 1
- p004…の上杉を御征伐の時、御陣に隨ひ、上方の軍起ると聞て、御陣に隨ひて馳上り、美濃國に着かせ玉ひし日、御方の軍勢、大坂の兵と、笠縫堤に戰ひし時、康俊井伊侍從…
井伊 第四上 · 1
- p009…十三年伊賀の筒井が傳別にあり新領收公せらし時、伊勢本多美濃守美濃松平飛驒守の人々と彼國に向ひ、直勝は留りて上野の城を守る、此人天性…
榊原 第四上 · 1
- p003…戶を御首途あつて、同十一日尾張國淸洲の城に入らせ玉ひ、僅かに二日を過て、美濃國へ御陣を進められ、十五日に至て、御合戰事畢て候、誠に御父子一所に三成等を…
內藤 第四中 · 1
- p005…所駿河の國府を御座所となさるべきに依て、四月三日近江の長濱に移され、近江美濃飛彈三箇國の役夫差遣し、城築て給はる、五万石十七年七月信成卒す六十…
植村 第四中 · 1
- p001…より、德川譜代の御家人なり、家政が曾祖父出羽守某、或說に、家政が祖は、美濃國の住人土岐源三郞持益が後胤なり、明應の頃、持益遠江國上村といふ所に住し…
土岐 第四下 · 3
- p001…山城守源定義は、故山城守定政が男、美濃國の源氏土岐左衞門尉光信が後胤なり、其家の系圖に、光信初て美濃國土岐郡に…
- p001…十一代の孫兵部大輔定明が時に至りて、當國の亂に所領を失ふ、或說に、定明美濃國の亂に戰死せしは、天文廿一年の事なりといふ、心得られず、織田信長、…
- p001…の亂に戰死せしは、天文廿一年の事なりといふ、心得られず、織田信長、美濃國を併せられしは、天文十二年より十三年に至る間の事なりといふなり、さらば…
土井 第五 · 1
- p001…大炊頭源利勝は、攝津守賴光朝臣の後、美濃國の源氏土岐の庶流、土居遠江守貞秀が末孫、小左衞門利昌が嫡男なり、…
西尾 第五 · 1
- p002…、丹波國の籾井、三河國に來りて、西尾に住し、改めて西尾と名のる、其後また美濃國に移り、信長秀吉に仕へて、關が原の時、當家に從ふ、西尾豊後守光敎これなり…
奧平 第六 · 2
- p012…愁、何事か、是に若かん、其城に留て守るべしと仰下さる、去程に下總守忠明、美濃國の大名の旗頭として、先陣に進み、大坂の城に押寄せ攻む、再ひ兵起りしにも、…
- p012…名の旗頭として、先陣に進み、大坂の城に押寄せ攻む、再ひ兵起りしにも、同く美濃の軍勢引具して、大和路より押寄せ合戰して、首七十三切て獻る、其勳賞に、今…
稻葉 第六 · 2
- p002…清和源氏なりと云々、稻葉の系圖は別に見ゆ、爰には畧しぬ、世に傳ふる所は、美濃の稻葉の庶流を林といふなり、織田殿の家老林佐渡守通勝、林の嫡流なり、總兵…
- p006…に添うて男子二人をまうけ、其後妻におくれて、利三が娘を迎へしなり、利三は美濃の國の住人にて、明智日向守が妹の子なり、光秀に從て討死す、男子三人女子一人、…
池田 第七上 · 1
- p006…と分かねし所に、秀吉重ねて津田隼人佑を使として、秀吉に組みせられんには、美濃尾張兩國の事、進退に任せらるべしと、いひ送られし程に、忽に心動きて、秀吉…
淺野 第七上 · 1
- p001…治のため德川殿、下らせ給ふ時、御跡を慕うて馳せ下る、上方の兵起りしかば、美濃國に馳向ひ岐阜の城を落し、關が原に戰ひ、其功最も多かりければ、此年慶長五年…
京極 第七上 · 1
- p002…慶長五年の秋、奧の景勝、追討のため下向す、上方の軍起りしかば、引返して、美濃の國にして、岐阜の城を攻落し、關が原の合戰に多く敵を打破り、兄高次が心元なし…
堀 第七上 · 2
- p001…治は、利仁將軍八代の孫、堀權大夫秀高が末孫、故左衞門督秀政が男なり、初め美濃國の住人堀掃部大夫某、齋藤山城入道道三に屬し、茜部の地を領し、一方の大將た…
- p004…べし、同十一年下野國眞岡の地を賜ひ、一万石、又一万二千石其後また美濃の國にして地加へらる、五千石大坂の軍に從ひ寛永四年、下野の國烏山の城を…
堀 第七上 · 3
- p002…民部少輔滿種の後、尾州奧田といふ所を領せしより、奧田とは名のりたり、其後美濃の國に移て、茜部に住す、直政が祖奥田三右衞門某、父同七郞五郞某、當國鷺山の合…
- p004…ば、明る十六年地加へ賜つて賞せらる、一万石を加られて三万石を領す、此時美濃國にて賜りしにや、直寄が領信濃と美濃とにありき、…
- p004…一万石を加られて三万石を領す、此時美濃國にて賜りしにや、直寄が領信濃と美濃とにありき、…
細川 第七下 · 3
- p005…、はか行くべしとも見えざれば、藤孝上野中務大輔清信と共に、御使となつて、美濃の國に趣き、織田彈正忠信長を賴ませ給ふに、信長畏りて、御使と共に御迎をまゐら…
- p005…ませ給ふに、信長畏りて、御使と共に御迎をまゐらせければ、藤孝御供申して、美濃國へ渡らせ給ふ、信長程なく御敵を平けまゐらせ、義昭再び御入洛ありて、征夷將…
- p012…る、さる程に、上方にも軍起れりと聞えしかば、忠興等先陣承り、又引返して、美濃の國に馳せ上り、手合の軍に打勝ち、德川殿程なく上り給ひ、關が原にして東西の戰…
森 第七下 · 2
- p001…、舍兄武藏守長一が嗣なり、はじめ陸奥守義家朝臣の六男、森六郞義隆の末葉、美濃の國の住人森左衛門尉泰家、當國の守護土岐伯耆守賴貞に屬せしより、累代の子孫、…
- p001…可成初め齋藤山城入道道三に仕へ、其後織田上總介信長の家人となりぬ、織田殿美濃の國を從へ、今川の多勢を破り、義元を討ち、武威を近國に奮ひし事、偏に可成が謀…
毛利 第八上 · 2
- p006…柿の城に打向ひ、赤坂の宿に陣を取る、毛利が軍勢、此由を聞て、これも同しく美濃國に向ひ、南宮の山に陣取たり、德川殿程なく上り給ひ、軍旣に明日に極る、吉川…
- p007…ず、三成が下知として、秀元勢田に陣を取り、伊勢の國に打向ひ、又引返して、美濃の國に趣き、南宮の山に陣取つたり、去程に關が原の戰、東西既に矢合すと聞えしに…
蜂須賀 第八上 · 3
- p001…は當國犬山の城主也、其後織田七兵衞尉に從ひ、岩倉の城を領す、又美濃の國齋藤山城入道道三に仕ふ、…
- p003…からず、記に見えし所は、永祿九年の秋、織田殿、宗徒の侍大將を召し集めて、美濃の國を擊たれん事を議せられ、木曾川の彼方に要害を構へ、軍兵を込めんに、誰れか…
- p006…道に攻め下り、やがて兵糧盡きぬとて歸る、斯て長門守至鎭、海道の先陣して、美濃國に向ひ、小西と軍す、軍旣に終つて後、阿波守家政、家人高木が、私に大坂の催…
丹羽 第八下 · 3
- p001…ずと云ふ系圖には見えず秀吉又信雄をも失ひ參らせんと、軍勢をかり催し、美濃尾張伊勢の國々に打出つ、長秀其勢八千人、秀吉に隨ひ美濃國に向ふ、秀吉戰ひ…
- p001…、軍勢をかり催し、美濃尾張伊勢の國々に打出つ、長秀其勢八千人、秀吉に隨ひ美濃國に向ふ、秀吉戰ひ常に利を失ひ、北畠殿と中直りす、明れば十三年の二月秀吉內…
- p003…の事も覺束なく、怒を止めて引て歸る、敵の能登の國へ廻ると聞えしは詐にて、美濃國の戰ひ味方勝軍し、德川殿御父子馳せ上らせ給ふなり、利長も急き攻め上るべし…
土方 第八下 · 2
- p001…郞秀治が後胤、彥三郞某が男なり、父彥三郞某、織田殿の御手に屬し、天文の末美濃の國に向ひ、土岐が勢と戰て討死す、雄久年纔に三歲にて父に後れ、童名は彥三…
- p002…或記に云ふ、土方雄久若かりし時、美濃守護齋藤右兵衞佐龍興に賴れて、齋藤山城守が子二人を、同じ枕に切り伏せ、北…
九鬼 第九上 · 1
- p003…子息が鳥羽の城を奪ひ、賊船を催し、東海の津々浦々に押入て、兵粮おし取て、美濃尾張の城々に籠め、紀伊國新宮の住人堀内安房守氏喜を呼迎へ、鳥羽の城を守せ…
金森 第九上 · 4
- p001…出雲守源可重は、美濃國の住人五郞八長近入道素玄が養子也、可重が父の名は詳ならず入道初め織…
- p001…德川殿に隨て、奧に向ふ、上方の軍起りぬと聞えしかば、可重本國に馳せ歸り、美濃國に向て軍し、父入道は、德川殿の御供し、海道より攻上る、關が原の合戰終て後…
- p001…に成され、大坂の兵起りし時、御陣に隨ふ、尾張國名護屋に御陣を召されし時、美濃國にして、新恩の地を賜はり、關吉田等三千石の地再ひ軍起りし時にも、大…
- p002…人の男子あり、法印が死せし後、大御所、駿河國に召れて、始め法印に賜はりし美濃河內等の所領を分ちて、彼が幼息に賜はり、五郞八長光とは申けり、濃州關上…
遠山 第九上 · 1
- p001…ち來り、德川殿に仕へ奉り、菅沼小大膳定利が手に屬られたり、或書に友政初め美濃守護齋藤右兵衞佐龍興に屬しければ、信長の爲に亡されしと記す、不審、天正十…
遠藤 第九上 · 2
- p001…り、兵庫頭盛政が時に及て、其母土岐美濃守光衡が女なりければ、所緣に付て、美濃國に移る、子孫終に土岐が被官とは成りたるなり、遠藤新兵衞尉胤好が時に及び、…
- p002…又遠藤氏は、藤氏の由、見えたり、桓武平氏なるべき事も、亦心得られず、但し美濃國の遠藤は、平氏也と云ふ事、東が家を繼きしに依れる歟、其家の說を聞かざれば…
一柳 第九上 · 2
- p001…也、通信は皇子三十九代の末孫と云なり初め河野が一族、伊豫國を去て、美濃國に參り、當國の守護土岐が家に仕ふ、主の姓、賜てければ、姓改て源氏になり、…
- p002…く改めしとも見えず、思ふに、尾張國一柳の御厨に住して、かくは名乘り、其後美濃に移りしにや、覺束なし…
龜井 第九下 · 1
- p001…慶長五年の初、德川殿に隨ひて、奧に下る、上方の軍又起りしかば、引返して、美濃國に戰ひ、關が原の軍終りて後、玆矩一勢馳せ向て、石見伯耆因幡但馬の城々、或…
稻葉 第十上 · 2
- p001…安藝國安國寺の僧となる、河野が家の絕えなんことを憤りて、彼寺を出て還俗し美濃國に來て當國の守護土岐が家に屬し、名字改て稻葉鹽塵とぞ名乘たる系圖には佳瑞…
- p004…、德川殿の先陣に羽黑の陣を打破らる、此時長一が舅池田信輝入道を先として、美濃國の人々、犬山の邊に陣を取る、武藏守が陣敗れ敵既に近きぬと云ふ程に、味方以…
加藤 第十上 · 1
- p001…とのみ仰せ下さる、貞泰大に悅ひ忍ひ〱に東國の御方せん人、相語らひ、德川殿美濃國に討入らせ給ふと聞て、關長門守一政也竹中源助重門の人々を打連…
相良 第十上 · 1
- p006…り、此處彼處に戰ふこと凡七年、慶長五年の秋、大坂の催促に隨ひ、軍勢を率し美濃國に至り大柿の城を守る、長每初め大坂に在りし時、德川殿東國の御陣に使者を參…
織田 第十下 · 1
- p003…さるべきに極て大に驚き、德川殿を賴み申されしかば、德川殿御勢を率ゐ給ひ、美濃尾張伊勢の國々にて秀吉の多勢を打破り給ふこと度々に及ひしにぞ、此年十月、…
靑木 第十下 · 1
- p003…中頃の先祖故あつて美濃國に流さる、其後子孫相續て當國の住人となりて淨憲に至る、法印初は加賀右衞門…
生駒 第十二上 · 1
- p001…ふ、一正元より東國に在て德川殿の味方に加はり參らせけれは、海道の先駈して美濃の國に戰ふ、此年天下悉く德川殿に從ひ參らせしかば、勸賞として一正讃岐國を賜て…
寺澤 第十二上 · 2
- p001…初め忠次郞一名は正成武内大臣の後胤、紀淑望が末孫なり、初め淑望が子孫美濃國に住し、其後別れて尾張の國に在り、兩國の寺澤悉く其後胤とぞ聞えける、廣高…
- p003…高初より德川殿に從ひ參らせ東國に向ひしかば、御方の人々と海道を攻め上り、美濃尾張の間に戰ふ、其勸賞に肥後の國天草の郡を加へ賜ふ、四萬石合て十二萬…
德永 第十二下 · 1
- p001…、高木も今は是迄なりと川舟に取乘て落ち行けば、城をば入道取てけり、德川殿美濃國に攻め入らせ給ひしかば、入道市橋下總守横井兄弟等と尾張の國…
西尾 第十二下 · 2
- p001…は出雲守信光が子にて、兵庫頭光秀が孫なりけり、兵庫頭光秀本國は三河の者、美濃に移り隣境を打從へて終に曾根の城に住す、男子なかりしに依て、外孫なれば丹…
- p003…しに依て、希有にして逃れぬ、かくて光敎遠藤金森等と郡上の城を攻む、德川殿美濃の國に攻め入り給ひしのち、光敎仰を承て大柿の城に向ふ、九月十五日の朝安八郡須…
松下 第十二下 · 1
- p001…云慶長五年の夏東西の軍一時に起る、吉綱東國の御方として、海道の先陣にて美濃の國に戰て勸賞を蒙る、駿河國久野の城賜て一万六千石を領按ずるに創業記に…
關 第十二下 · 1
- p001…れば太閤薨し給ひしのち、同き四年の春德川殿の御計らひとして、二人又同じく美濃國にして所領賜ひ、關は當國土岐の地を領してけり、…
戶川 第十二下 · 1
- p001…御發向ありし時、肥後守達安御勢に馳せ加る、上方の軍又起りしかば、引返して美濃尾張の間に戰ふ、其勸賞として所領の地下し賜ふ、一万石大坂の戰に隨ひ…
竹中 第十二下 · 3
- p001…丹後守源重門は半兵衞尉重治が男也、重治が父遠江守某が時に至て、美濃國の守護齋藤山城守入道道三に隨て、不破郡岩手の城にあり、重治幼くして父に繼…
- p001…龍興辛き命のがれて落ち行く、織田殿この由聞き給ひ、其城參らせたらんには、美濃の國半を分ち賜はるべしと仰せ下さる、我が國の中にあらん城、他國の人に參らせて…
- p004…關が原の戰に、東國の味方して小西攝津守行長を生捕て參らす、重門が領せし濃州の地下人生捕て其領主なれば重門が許にゐて來りしとなり大坂の軍に…
石川 第十二下 · 2
- p003…田殿の加勢として近江の國に向ふ、武田入道遠江の國に向ふと聞て取て返す、昔美濃の守護土岐が國に在りといふ淺岡の何某は、弓矢取てさる古兵と聞えしかば、數…
- p003…、明れば十二年の春より秀吉、北畠殿と不快の事あつて德川殿、信雄を助け給ひ美濃尾張伊勢の間にて、秀吉と戰はせ給ふ事凡十餘箇度、秀吉の軍遂に一度も勝つ事…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히