地名索引 › 朝鮮
朝鮮
本文表記 朝鮮・朝鮮國
越前 第一 · 1
- p001…る、是より結城殿と申し、十万千石の地、領せらる文祿の初より、朝鮮の事起る、肥前の名護屋に陣し、同三年結城に歸り、また伏見大坂に御館搆へて…
本多 第四上 · 1
- p010…の城に、あまた地つけて給てけり、十万石、一說に五万石、文祿の初め、朝鮮を伐ち玉ふとて、關白殿筑紫に御陣をめさる、肥後國に凶徒起る、淺野左京大夫…
戶田(田原) 第四下 · 1
- p002…なるべし、其後齡既に傾きつれば、致仕し、おのが所領に籠居る、文祿の初め朝鮮の事起て、同き二年三月の比ほひ、德川殿彼國に渡り玉ふべしなど聞えしかば、…
高木 第四下 · 1
- p001…ついで、みづから彼家に至らせ給ひ、物たまふこと、度々に及ぶ、文祿の初め、朝鮮の事起り、明れは二年三月の頃は、德川殿にも彼國に渡らせ給ふべし抔と聞えし…
永井 第五 · 1
- p009…德川殿關東へ移り玉ひし時、武藏國にして所領の地給ふ、五千石文祿元年朝鮮の事起りしかば、德川殿も肥前の名護屋に趣かせ給ふ、太閤德川殿の御陣に成ら…
淺野 第七上 · 5
- p001…つがれし事、偏に德川殿の御恩に依る所なりと、悅ぶ事あさからず、文祿の初め朝鮮の事起る、同二年六月長政かの國に渡る、石田增田等と相議し、諸軍勢を率して…
- p001…る、石田增田等と相議し、諸軍勢を率して、晋州城を攻め落す、今年の冬、大閣朝鮮の軍、はか〲しからぬを怒つて德川殿を初め、宗徒の大名を、名護屋の陣に集め…
- p001…軍、はか〲しからぬを怒つて德川殿を初め、宗徒の大名を、名護屋の陣に集め、朝鮮の軍、今のやうならんには、いつ事定るべしとも思へず、今は秀吉みづから向は…
- p001…を三手に押し分け、利家前田氏鄕蒲生に大將させ、三道より向ひ、朝鮮を打ち破り、まつすぐに大明に攻め入らん、本朝の事、家康さてましませば、心…
- p001…が嫡子、初め豐臣家に仕へ、左京大夫になさる、父と共に筑紫關東の軍に從ひ、朝鮮に渡り所々に戰ふ、太閤薨じさせ給ひし後、石田等が父と中不快なるを憤りて、…
前田 第七上 · 1
- p002…夏北條を亡されしに、北國より攻下り、此處彼處の城を攻落す、文祿の初より、朝鮮の事起り、肥前國名護屋に陣し、同三年の夏、從三位權中納言、慶長二年三月十…
黑田 第七上 · 3
堀 第七上 · 2
伊達 第七下 · 4
細川 第七下 · 2
加藤 第七下 · 5
- p001…れしに、四國の人々と同じく、兵船を泛め東海を押渡つて城を攻め、文祿元年、朝鮮の事起りしかば、脇坂九鬼と同じく、海路の先陣給りて押渡り、三人共に、朝鮮…
- p001…朝鮮の事起りしかば、脇坂九鬼と同じく、海路の先陣給りて押渡り、三人共に、朝鮮の慶尙右兵使元均を打破つて熊川に至る、脇坂が兵船、全羅水軍節度使李舜臣と…
- p001…慶長二年、大明の和親破れて後、嘉明また藤堂佐渡安高虎脇坂九鬼等と、朝鮮に押渡る、かの統制使元均が兵船、海の面に夥しう漕き浮む、藤堂人々と評定し…
- p001…春の事の樣に見えしは、如何にぞや、脇坂が碑の文は、月は同し日は覺束なし、朝鮮の書を考るに、萬曆廿五年八月七日に、此軍ありし樣に記す、彼の萬曆廿五年は…
- p001…といふ、嘉明も同しく彼處に向ひ、城を攻め落して、首五十一を切れり、然れば朝鮮の書の傳ふる所も、誤れり、まして大明の書に、此舟軍は、七月の事としるせり…
藤堂 第七下 · 3
毛利 第八上 · 5
- p006…後隱岐出雲石見等を領し、百二十万五千石といふ、筑紫の陣を始めとして、朝鮮七年の軍に至て、或は自ら打向ひ、或は軍勢を差向け、城守らせ、軍させ、度々…
- p007…せ、諱字賜りて、秀元と召さる、明れば二年三月、秀元を名護屋に召して、急ぎ朝鮮に渡つて、晋州の城を攻め破るべき由を仰せ下さる、秀元一方の大將を承り、彼…
- p007…事か、覺束なし、歸朝の後、太閤の聟君には、なされてけり、慶長二年、再び朝鮮に至り、王城近く攻め入り、引返して、西生浦に陣取り、蔚山の後卷して、本朝…
- p007…、引返して、西生浦に陣取り、蔚山の後卷して、本朝に歸る、太閤薨じ給ひて、朝鮮に在りし軍勢、迎へんがため、秀元筑紫に下向せし所、軍全くして歸りければ、…
- p007…府の城にあり、かくて左大臣家の御時に至て、秀元むかし年纔に十四五にて、朝鮮を伐たれし大將を承りし事を聞召し、此人たゞ人にあらざりけり、去れば文武の…
嶋津 第八上 · 2
鍋島 第八上 · 3
蜂須賀 第八上 · 2
上杉 第八下 · 2
秋田 第八下 · 1
- p006…、南部が家人九戶が、主に叛きし時、軍勢の催促に隨ひ、馳せ向ひ、城を攻む、朝鮮の軍起りし時、又催促に隨て、軍勢を引具し、筑紫の陣に馳せ來る、何れの時に…
丹羽 第八下 · 1
- p003…て、僅に所領付て加賀の國松任の城に移さる、三万石とも四万石とも云ふ朝鮮の軍起りて、肥前國名護屋に陣す、文祿四年參議に任し從三位に叙す、公卿補…
立花 第八下 · 2
九鬼 第九上 · 1
- p003…、大野の城を攻む、德川殿の御勢に、打破られて引退く、關白四國九州を攻め、朝鮮を討ち給ひしにも、常に海路の大將を承る、太閤薨し給ひし後、慶長四年の夏嘉…
遠藤 第九上 · 2
桑山 第九上 · 1
- p002…一万石と云一說に一万六千石とも云修理亮一晴、祖父が所領を讓られて後、朝鮮の軍に隨ひ、加藤藤堂等と、彼國の番船を取て、疵を蒙る、慶長二年、紀伊國一…
南部 第九下 · 1
- p005…戶櫛引降人に成て出つ、秀次の御陣の邊に、參らせて、一々首を刎ねたりけり、朝鮮の軍起りて後、軍勢の催促に隨ひ、信直筑紫に馳せ參る、年五十四歲にして、慶…
戶澤 第九下 · 1
- p003…下らせ給ひし時、御陣に馳せ參て、本領を安堵す、角館四万石と云ふ其後朝鮮の軍起りし時、筑紫の名護屋に參陣す、慶長五年の秋、德川殿奥の會津を御征伐…
津輕 第九下 · 1
- p003…書をなし下さる、明れば十九年、九戶の賊、起りしかば、馳せ向て、攻め戰ふ、朝鮮の軍起りしに、其催促に隨ひ、軍勢を引具し、筑紫の名護屋に參りけり、慶長五…
六郷 第九下 · 1
- p001…後、政乘本領を安堵す、山北衆七人の中なり所領いか程といふ事を知らず朝鮮の軍起りし時、催促に隨ひ、軍勢率ゐて、筑紫の御陣に馳せ參る、慶長五年の秋…
那須 第九下 · 1
- p001…田原、大關、育王野、福原、芦野、千本等資晴僅に福原の地をぞ賜ひたる、朝鮮の軍起りて、催促に隨ひ、軍勢少々引具して、筑紫の名護屋に馳せ參る、慶長五…
大田原 第九下 · 1
- p005…朝鮮の軍起りし時、催促に隨ひて、軍勢を率ゐ、肥前の名護屋に陣を取る、慶長五年…
伊東 第九下 · 1
- p012…群なりとて、頓て本領日向國飫肥曾井淸武等の地賜て、飫肥の城にぞ住しける、朝鮮の軍起りて、彼國に押渡り、軍すること凡そ七年、太閤薨し給ひしのち、慶長四…
中川 第九下 · 4
- p006…が跡を繼き茨木の城、領せし樣に傳ふ此後筑紫關東の軍に隨ひ、文祿元年、朝鮮に押渡て、王城に攻め入る、水原と云ふ所に、要害を搆て籠り、明れば二年、或…
- p006…て籠り、明れば二年、或日軍中の徒然に、供人少々引具し、鷹狩して遊ぶとて、朝鮮の伏兵の爲に、討れ死す、生年二十五歲と聞えたり、按するに秀政が事は、大…
- p006…、秀政要害の地に城郭を搆へんがため、自ら出て、よからん地を巡り見る所に、朝鮮の伏兵に、出合て戰死すとぞ告たりける、頓て舍弟秀成に、三木の城賜て、秀政…
- p006…七万四百石其後叙爵して修理大夫になさる、初の名小兵衞同き四年、朝鮮に押渡り、大明の兵と戰ひ、討ち破て、其身も痛手を負ひ、高名顯して歸朝す、…
有馬 第九下 · 1
- p005…本領安堵す、修理大夫晴信、父祖の家繼て、高來の郡を賜て、有馬の城に住し、朝鮮の軍に隨ふこと凡七年、慶長五年、大坂の軍起りし時、小西攝津守が牒狀に隨て…
大村 第九下 · 2
毛利 第九下 · 1
- p001…りけり、豐臣家、天下知し召して後、召返され、叙爵して、民部少輔になされ、朝鮮の事起て、軍奉行を承り、大友が罪蒙りし年、豐後國佐伯の城を下し賜ふ、これ…
脇坂 第十上 · 5
- p001…攻む、下田の城降りぬと聞えへしかば、安治行き向て城を受け取たり、文祿元年朝鮮の軍起る、安治又嘉明嘉隆等と、海路の先陣を承て押渡り、王城に攻め入る、釜…
- p001…らひにて要害一所搆へて、軍兵を分て守らす、三百人を分つと云今年六月朝鮮の兵數万人、押寄て彼の要害を攻む、安治此由を聞き急き王城を立て馳せ向ふ、…
- p001…なされて逃け走る、首を切ること一千餘、生捕は二百餘人と記したり、斯る所に朝鮮の水軍、夥しう巨濟を差して押向ふと聞て、嘉明嘉隆と共に夜を日に繼て馳せ歸…
- p001…守る、慶長元年の春、本朝に歸りぬ、同き二年大明の和親破れて、四月安治等又朝鮮に押渡り、藤堂加藤九鬼の人々と熊川に入て船揃へし、七月七日の夜、巨濟に押…
- p002…、高虎安治が陣並びて西南の隅に當れり、二人一所に攻めし事さも有りぬべし、朝鮮の書にも八月十五夜と見ゆ、大明の書には、八月十六夜と見ゆ、誤れるか、碑文…
小出 第十上 · 2
加藤 第十上 · 2
相良 第十上 · 1
- p006…年の夏、豐臣關白鎭西を平け給ひし時、本領を安堵し、文祿元年生年十八歲にて朝鮮の先陣、承つて押渡り、此處彼處に戰ふこと凡七年、慶長五年の秋、大坂の催促…
秋月 第十上 · 1
- p009…說に是よりさき入道せしとも申す也、三郞種長、此後叙爵して長門守に任す、朝鮮の軍起て彼國に押渡りて、是處彼處に戰ふこと凡七年、慶長五年の秋大坂の催促…
宗 第十上 · 14
- p003…勸賞として九州の侍所を承り、又刑部少輔に任ず、世の人鬼刑部とぞ申しける朝鮮の書に宗慶と記せしは、此賴茂が事なり賴茂が法名を宗慶と云ひしなり、其…
- p003…は、此賴茂が事なり賴茂が法名を宗慶と云ひしなり、其子右馬大夫尙茂、朝鮮の書に謂ゆる靈鑑は尙茂が法名なり其子讃岐守貞茂が時、應永廿六年六月廿…
- p004…の事をも蒙古襲ひ來ると記せり、誤れるか、此年は明の太宗永樂十七年に當り、朝鮮も世宗莊憲王の元年なり、大元亡びて五十二年に及び、高麗亡び朝鮮となりても…
- p004…年に當り、朝鮮も世宗莊憲王の元年なり、大元亡びて五十二年に及び、高麗亡び朝鮮となりても、二十三年になれり、凡そ我朝の人、異賊をむくりこくりと云ひしは…
- p005…其子讃岐守貞盛、父に繼き、嘉吉三年始て朝鮮と相約し、歲每に船五十艘を彼國に渡して、あきものを交易す、彼國の王又年每…
- p005…卒して嗣なし貞盛が弟盛國が子貞國を嗣とす、貞國繼いて讃岐守に任し我國より朝鮮に行く船は、必對馬の國に來て守護の符受て渡ること、此頃よりぞ始りたる、初…
- p009…永正七年正月廿一日、惠林院殿より御諱字を賜ひ、又屋形號を許さる、同年義盛朝鮮と不快の事出來て、子息能登守盛弘を大將として彼の國に差向く、同四月盛弘朝…
- p009…鮮と不快の事出來て、子息能登守盛弘を大將として彼の國に差向く、同四月盛弘朝鮮に押渡り、多くの城々攻め破て熊川の城に押寄す、敵の軍勢雲霞の如く馳せ集り…
- p009…家を起せしこと、宗が情ぞ深かりし、盛弘が男彥二郞盛永、祖父義盛に繼て後、朝鮮と中和き是より又兩國の往來長く絕えず、盛永が七世の孫對馬守義智、父義調に…
- p009…白筑紫に向ひ給ふ時、義智御陣に馳せ加りて本領を安堵せり、去年十四年關白、朝鮮に使立て、兩國好み結ばれん由を宣へども、彼國の王李昖敢て隨ひ參らせ…
- p009…り、殿下に參る、關白の御感淺からず、頓て侍從になされ、羽柴の號を賜る、又朝鮮の軍勢を催して、大明に攻め入らんことを仰せ合はされしに、彼國の王又敢て隨…
- p009…ことを仰せ合はされしに、彼國の王又敢て隨はず、安からぬ事なり、さらば先づ朝鮮を攻めよやとて、文祿元年の春より軍起り、義智一方の先陣にて彼國に押渡り、…
- p011…同き九年朝鮮の使僧松雲、對馬の國に來て義智に就て、德川殿と長く兩國の好み修めん由を議…
- p013…同き十四年より、昔の如く對馬の船、年毎に二十艘を朝鮮に渡し、釜山港にして交易の利を通せんことを約し、十七年に至りて又其船の數…
松浦 第十上 · 1
- p003…なる故にや、審ならず、關白に參りし時に、入道したりしにあらずや朝鮮の軍始りて、一方の先陣を承り、彼處彼處に戰ふこと凡七年、大明の書に癸巳…
五島 第十上 · 1
- p003…其後朝鮮の軍に從ふこと凡そ七年、慶長五年の秋、大坂の奉行等が軍起せしに、小西攝津…
久留嶋 第十上 · 4
織田 第十下 · 1
- p003…奧州に下り給ふ時に、出羽の秋田へ移されしと創業記考異に出づ文祿の始め朝鮮の軍起り、關白筑紫に御陣を召されし頃、此入道を召し返され、御相伴の衆に加…
蒲生 第十二上 · 1
- p003…位になさる、氏鄕參議に任せし事公卿補任には見えず明れば文祿元年の夏朝鮮の事起て、氏鄕肥前國名護屋に陣し明る二年の春俄に違例して血を下たすこと夥…
金吾 第十二上 · 3
福嶋 第十二上 · 2
加藤 第十二上 · 10
- p005…草の城、皆攻め破て一國を平均しぬ、清正一生の武略多き中にも、文祿の初太閤朝鮮を討たれし時、鍋島相良の人々と咸鏡道に攻め入り、清正一勢猶進みて北道兵使…
- p005…に在りながら、威鏡の二十二官を打從へ、平安道にも打入るべしと聞えしかば、朝鮮の君臣大に愁へ、大明の將士大に恐る、此時大明の馮仲纓清正の陣に使たり…
- p005…日本大明和親の事起りて、王城に在りし味方悉くに釜山港に引返し、兩王子をも朝鮮に返さる、清正和親事ゆくべからず、我功必空かるべしと思ひ、おのが一勢安康…
- p005…かるべしと思ひ、おのが一勢安康を打破り又味方の人々と晋州を攻め落す、初め朝鮮を討たれしに、加藤主計頭清正小西攝津守行長、二人を先陣と定めらる、行長最…
- p005…の城を築て城いまだ成らざるに、大明の經理楊鎬李如梅高策李芳春等、勢を率ゐ朝鮮の兵を合せて來り攻む、按するに此時大明の兵二十万と云ふ實は大明の兵三…
- p005…攻む、按するに此時大明の兵二十万と云ふ實は大明の兵三万五千三百廿六人朝鮮の兵一万二千五百人都合四万七千八百廿六人也さるをかく事ゝしく言傳へ…
- p005…ば、城中の兵は希有にしてこそ助かりけれ、蔚山の事諸記まち〱なり又清正が朝鮮にての武功數ふるに暇なければ大略をしるしぬされば朝鮮の軍一度起り…
- p005…り又清正が朝鮮にての武功數ふるに暇なければ大略をしるしぬされば朝鮮の軍一度起りしより、兵連なること前後七箇年の間、本朝の人々所々の戰功皆取…
- p005…こと前後七箇年の間、本朝の人々所々の戰功皆取り〱なりしかど、清正一人大明朝鮮のために、名を呼ばれ或は詩に作りて謠ひ、或は神となして祭らる弓矢とつての…
- p005…る事擧けて數ふべからず、崑山の王志堅といふ者は、倭王と稱して歌を作る、又朝鮮國慶尙全羅道等の水營の軍官、年毎に日を占ひて諸營戰艦を集め、海に浮みて海神…
筒井 第十二上 · 1
- p010…に任し、閏八月伊賀の國を賜ひ上野の城に移る、十二萬石を領す鎭西關東朝鮮等の軍に從ひ大閣薨じ給ひし後、慶長五年の夏、中納言景勝追討のため德川殿御…
里見 第十二上 · 1
- p003…國を賜ふ、九萬二千石なり其後豊臣の姓賜ひて四位侍從兼安房守になされ朝鮮の事起てのち筑紫の陣に馳せ參る、慶長五年の秋德川殿に隨て奧の會津に向はん…
生駒 第十二上 · 2
寺澤 第十二上 · 2
稻葉 第十二下 · 1
- p003…初め道通が姉の夫牧村兵部大輔某、朝鮮の軍に隨ひ彼國に卒す、其男幼ければとて牧村が所領伊勢國多氣渡會兩郡の地、…
高橋 第十二下 · 1
- p001…給ひし時、降人になつて參りければ、日向國宮崎の地下し賜ひぬ、五万石朝鮮の軍起てのち、彼國に押渡つて戰ふ事凡七箇年、從五位下右近將監になさる太閣…
藤田 第十二下 · 1
- p001…になされ、藤田能登守信吉等從四位下に叙す、明れば十八年北條滅び、文祿の初朝鮮の軍起り、本朝の大名悉く軍勢を引具し、肥前國名護屋に馳せ集る、中納言景勝…
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