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石田三成
본문 표기 石田・三成・石田治部少輔三成・石田三成・治部少輔三成
越前 第一 · 3
水野 第三 · 1
- p001…、家譜本文の如し、疑ふべからず、筑紫小田原等の陣に從ひ、慶長五年の秋、石田等が兵起りし初め、池鯉鮒の宿にして加々井彌八郞秀盛が爲めにうたれ死す、年…
井伊 第四上 · 2
榊原 第四上 · 2
鳥居 第四中 · 6
- p003…又世に傳る所、石田が捕はれし時、忠政がためには、父の敵なりとて、忠政に預け下さる、三成いた…
- p003…所、石田が捕はれし時、忠政がためには、父の敵なりとて、忠政に預け下さる、三成いたはる事ありしに、忠政よきに勞り、小袖したゝめ着せ、藥餌等おこたらず、…
- p003…に、忠政よきに勞り、小袖したゝめ着せ、藥餌等おこたらず、三日を過てのち、三成を預げ下さるゝ事、領掌既に畢んぬ、抑父にて候ふ元忠、君の御爲に一命を奉り…
- p003…さるゝ事、領掌既に畢んぬ、抑父にて候ふ元忠、君の御爲に一命を奉りし上は、三成が事、强ちに、父が讎とも申すべからず、同しくは返し奉るべしと申ければ、年…
- p003…御感ありしが、此後忠政頻りに御恩加へられ大名とは成されし云ふ此說誤りあり三成を預け給ひしは元忠が二男土佐守成次、其頃は久五郞と申せしに預けられしを、…
- p009…忠が二男、若き時より將軍家に仕へ奉る、關が原の御時、山道の御供し、此時石田三成を預け給はりし事、忠政が傳に見ゆ、大坂前後の軍に、先陣を給り、首切る…
高木 第四下 · 1
- p001…、別に所領の地を給ひ、千石其後父が家を讓られ、五千石慶長五年三成が亂に、海道の御供して馳せ登り、遊軍の衆なり同七年下總國にて所領加…
奧平 第六 · 1
- p007…を領せらる、二万石、これよりして菅沼忠七郞殿と申す、同き五年の秋、石田等が兵起し時、中納言殿の御供して、山道をのぼり、信濃の上田の城を攻めて、…
淺野 第七上 · 5
- p001…條を亡し給ふ時は、武藏の國に向ふ此時殿下駿河の國府に至らんとし給ひしに、石田治部少輔三成、御耳に附きて、家康北條に、むすぼゝれたる中なり、如何なる謀やあらんずら…
- p001…、悅ぶ事あさからず、文祿の初め朝鮮の事起る、同二年六月長政かの國に渡る、石田增田等と相議し、諸軍勢を率して、晋州城を攻め落す、今年の冬、大閣朝鮮の軍…
- p001…承て、肥後國に向ひ、國政を沙汰す、慶長三年八月十八日大閣薨じ給ひしより、石田等、長政と年頃の遺恨を散ぜんがため、長政が德川殿に罪かうむらん樣を謀る、…
- p001…藏の府中に隱れ住む、中納言殿かれが罪なき由を知召し、常には訪せ給ひける、石田等が兵起りし時、中納言殿の御供して、山道よりのぼる、嫡男左京大夫幸長、此…
- p001…父と共に筑紫關東の軍に從ひ、朝鮮に渡り所々に戰ふ、太閤薨じさせ給ひし後、石田等が父と中不快なるを憤りて、軍せんとしけれども、德川殿の御裁斷にて事鎭り…
前田 第七上 · 1
- p002…しなり、此年八月廿八日、利長入部のために、加賀の國に赴く、かゝる所に、石田三成が謀にて利長謀反の由にて討手向ふべしと聞ゆ、利長大に怒り、討手を待て戰は…
黑田 第七上 · 2
伊達 第七下 · 1
- p012…先づ白石の城を攻落し、梁川の城を攻んとす、かゝる所に、德川殿の御使來て、石田等退治のため、まづ上方に登りぬべし、政宗在國の軍を止め、速かに岩手澤に引…
細川 第七下 · 1
- p012…時に攻め落さるべうも見えず、烏丸の右大辨、勅使として大坂に行き向ひ、輝元三成等に、勅諚を傳へらる、夫れ和歌は我邦の風として、天地開け初めしより、此か…
毛利 第八上 · 4
- p006…輝元等を初め、宗徒の大名勸めて、德川殿失はんとせしかども、事ならずして、石田三成、職を去つて、己が所領に引き籠る、明れば五年の二月、輝元おのが館に、德川…
- p006…元、吉川安國寺等を大將として、軍勢をさし下す、かゝる所に、安國寺の惠瓊、石田三成にかたらはれ、輝元を、とかく勸めて上方の大將軍となし立てゝ、大坂の城に迎…
- p007…秀元筑紫に下向せし所、軍全くして歸りければ、渡海に及ばず、幾程なく輝元、石田三成に、かたらはれて大坂に上り、德川殿を失ひ參らせんとす、秀元大に驚き、輝元…
- p007…どか御方、勝軍せでは候ふべきと、言葉を盡し勸めしに、これも猶用ゐられず、三成が下知として、秀元勢田に陣を取り、伊勢の國に打向ひ、又引返して、美濃の國…
嶋津 第八上 · 1
- p003…主從が間を和げさせ給へば、源二郞降參しぬ、明れば、五年の秋、兵庫頭義弘、石田に組みし、美濃の國關が原に出向ひ東國の人々と軍し、義弘さん〱に戰なつて、…
鍋島 第八上 · 1
- p006…れば、直茂が子息信濃守勝茂、軍勢を催し、御跡を慕うて馳せ下る、かゝる所に石田三成、近江の國愛智川の邊に新關をすゑて、東國下向の軍勢を押止む、大坂の奉行等…
上杉 第八下 · 4
- p013…七月、秀吉關白に任せられし後とす、誤れるか九月十三日辰刻斗りに、秀吉石田治部少輔三成、木村彌一右衞門尉、只二騎を具して雜兵僅三十八人、越後國落水の城下に來て…
- p013…其日午刻計に、落水の城に來て、秀吉と對面す、色代事終て後、秀吉の御方には石田、景勝の方には直江ばかり、傍に在て、密に事を議せらるゝこと二時餘り、酉の…
- p013…使として、色々の物贈り給ふ、景勝、木村と打連て、五月十一日に越後を立ち、石田增田大谷、北陸道に下りて、此處彼處にまうけす、同廿七日、景勝都に入る、關…
- p019…、さらば速に退治あるべしとて、慶長五年の秋、德川殿、奧に向はせ給ひしに、石田治部少輔三成が計ひにて、秀賴の御催促として、山陽山陰南海西海の軍勢、大坂に馳せ集り、…
佐竹 第八下 · 8
- p001…所に家造りし、妻子引具し、移りしかば、殿下の御感斜ならず、關白家のきり者石田治部少輔三成と、親しう相語らひ、三成を賴み、如何にもして、我が國三十三館の國人等滅し…
- p001…、殿下の御感斜ならず、關白家のきり者石田治部少輔三成と、親しう相語らひ、三成を賴み、如何にもして、我が國三十三館の國人等滅して、彼が所領、悉く幷せ領…
- p001…して、彼が所領、悉く幷せ領せん事を謀る、或時義宣、關白の御前に侍りしに、三成も同じく參て、御物語の序に、君は未だ知し召れずや、抑かの常陸國の事、義宣…
- p001…に入られたり、德川毛利上杉前田佐竹嶋津義宣かく大名に成りし事、偏に石田が謀に因りしかば、如何にもして、彼の恩に報せん事をぞ思ひける、されば太閤…
- p001…て、彼の恩に報せん事をぞ思ひける、されば太閤薨し給ひ、大名數多與黨して、三成うたるべかりしに、義宣軍勢引具して、大坂に馳せ來り、三成を迎ひつゝ、伏見…
- p001…名數多與黨して、三成うたるべかりしに、義宣軍勢引具して、大坂に馳せ來り、三成を迎ひつゝ、伏見の家に伴ひけり、其後慶長五年の秋、德川殿、奧の上杉討れん…
- p001…其後慶長五年の秋、德川殿、奧の上杉討れんとて、御下向ありし時、義宣かねて三成と謀を通はして、御使賜りて、召しけれども、參らず、自ら四萬餘騎を隨へ、石…
- p001…ひ、戰ひ半ならん時、御後より押寄せ、襲ひ參らせんとぞ謀りける、斯る所に、石田等が兵、起りぬと聞えしかば、德川殿まづ東國の軍をば、止められ、下野國より…
秋田 第八下 · 3
相馬 第八下 · 2
立花 第八下 · 1
- p006…して主膳正にぞ任じける、朝鮮の軍起りて、彼國に押し渡り、此處彼處に戰ひ、石田三成等が亂の時、伏見の城を攻め落し、大津の城をも攻めにけり、舍兄立花左近將監…
眞田 第九上 · 1
- p005…子兄弟、催促に隨ひ、打連て向ふ、下野國宇都宮の邊り、犬伏と云ふ所に至る、石田大谷等が牒狀、此所に到來せり、安房守是を讀み終て、まづ二男左衞門佐が方に…
九鬼 第九上 · 3
遠山 第九上 · 1
- p001…甲陽軍鑑にも、苗木が事、所々に見えたれども、分明ならざる歟慶長五年の秋、石田等が兵起て、東山東海兩道より攻下るべしと聞ゆ、友政急き本國に馳せ向ひ、地…
南部 第九下 · 1
- p005…由、仰せ下さる、信濃守利直、軍勢を率ゐて、最上の郡に馳せ集る、斯る所に、石田三成が催促にて、上方に軍起り、德川殿既に討れ給ふと聞えしかば、此程馳せ集りた…
毛利 第九下 · 1
- p001…時豐後七人衆と云ひし其內なりき慶長五年の秋、山陰山陽南海西海の大名等、石田三成に與みして、德川殿失ひ參らせんとす、西海に取ては、黑田如水入道、豐前國中…
小出 第十上 · 1
- p004…家に、軍兵附て差向く、秀家が事、關原の諸記には吉辰と記す其跡にして石田三成が計ひにて、秀賴の仰と稱して、德川殿の御方人細川三位法印が丹後の國を攻む…
加藤 第十上 · 3
谷 第十上 · 1
- p001…云ふ、此家の系圖を見ねば、父子の事、詳なることを知らず慶長五年の秋、石田三成等が兵起りし時、丹後國を攻めんとて、丹波但馬の軍勢を差向く細川越中守忠興…
松浦 第十上 · 1
- p003…朝に引返す、同き四年閏三月六日隆信入道道可卒す七十一歲、明れば五年の秋、石田三成が軍起る、小西攝津守行長が牒狀に應して平戶の法印、兵船に取り乘て長門國下…
織田 第十下 · 1
- p003…閤薨し給ひて後、慶長五年の秋大坂の奉行等、德川殿失ひ參らせんと計りし時、石田治部少輔三成、此入道に使たて、秀賴の仰として急ぎ元の御家人等を召し集めて御勢を催され…
本多 第十一 · 2
蒲生 第十二上 · 3
金吾 第十二上 · 4
- p003…此使者同月廿四日伏見の城に馳せ參る、太閤軍のやうを聞召して御感斜ならず、石田治部少輔三成密かに申しけるは、金吾殿の御振舞ひ誠にゆゝしうも聞えさせ給ふ、去ながら既…
- p003…は計らふべしと、押返し〱申されしかば太閤御座を御立あつて內に入らせ給ふ、治部少輔三成參て秀秋が老杉原下野守山口玄蕃允に向ひ、大殿の御氣色よからず先づ御館に歸…
- p003…には、太閤もさのみは心强くはおはせじものをと仰ければ、さらば秀秋みづから三成が首切て後、內府の仰にこそ任せ候はめと申さる、德川殿も今は强て仰せらるべ…
- p007…かば、御悅斜ならず秀秋また佐和山の先陣を望まる、同十七日爰をも攻め破つて石田が一族悉くに誅せられぬ、茲年十一月勸賞行はる先づ秀秋に備前備中美作三箇國…
福嶋 第十二上 · 4
- p003…正則御方として最初に德川殿の御館に馳せ參る、程なく事平きし後、正則等また石田治部少輔三成を討たんとせしに、德川殿中和らけ給ひしに因て事また平きぬ、明れば慶長五年…
- p003…秀賴御年わづか八歲にこそならせ給へ、いかで斯る御結搆やあるべき、是は偏に三成が計らひにて天下を亂さんとする條、疑ふべからず、人々の心は如何にもあれ、…
- p012…せる記あれど、疑はしければ長政の傳の下に精しく辯しぬ、是は當時正則の心に石田三成が計らひと知てければ、例の腹あしさに、日頃恨を積みし人に隨はん事を耻ち憤…
- p012…ひと知てければ、例の腹あしさに、日頃恨を積みし人に隨はん事を耻ち憤り、又三成が謀ならんには、此後は我身も滅されん事、踵を旋らさじと思ひしが故なり、さ…
加藤 第十二上 · 8
- p005…正は北道を打破り兩王子を生捕つて、太閤の御感斜ならず、行長深く耻ち憤り、石田治部少輔三成と謀て清正を失はんとす、三成また年ころ清正と間よからねば、小西と心合せて…
- p005…御感斜ならず、行長深く耻ち憤り、石田治部少輔三成と謀て清正を失はんとす、三成また年ころ清正と間よからねば、小西と心合せて清正が事を讒言す、太閤三成が…
- p005…、三成また年ころ清正と間よからねば、小西と心合せて清正が事を讒言す、太閤三成が申す旨に依つて、清正を誅せられんが爲に、本朝に召返さる、慶長元年七月廿…
- p006…くに歸りぬ、是より行長清正と功を爭て訟起り、清正等七人の大名一つに成て、石田治部少輔三成を討たんとす、德川殿中和らけ給ふに因つて、三成職解て己が所領に引籠りしか…
- p006…名一つに成て、石田治部少輔三成を討たんとす、德川殿中和らけ給ふに因つて、三成職解て己が所領に引籠りしかば事平らく、同き五年の秋德川殿、奧の中納言景勝…
- p006…し無ければ、急き本國に歸ると云々、此說覺束なし、初め慶長四年の春清正等が石田討たんとせしを、德川殿制し給ひしより、清正と德川殿との間心好からず、同じ…
- p006…の軍起りしかば、清正桑山式部を使として中納言輝元へ申さるゝは、今度內府と三成と軍起りぬ、中納言殿三成に與みし給ふと承りぬ、清正大和國を一圓に下し給は…
- p006…式部を使として中納言輝元へ申さるゝは、今度內府と三成と軍起りぬ、中納言殿三成に與みし給ふと承りぬ、清正大和國を一圓に下し給はらば、急き馳せ上て關東に…
最上 第十二上 · 1
- p003…て候と申す、頓て御供して罷り出づ、幾程なくて太閤薨し給ひ、上杉中納言景勝石田治部少輔三成と心を合はせ、德川殿失ひ參らせんとて、我國に下りて密に近國の大名を催す、…
堀尾 第十二上 · 2
田中 第十二上 · 1
- p003…河戶の先陣して關が原に戰ひ、佐和山の城を攻め落し又石田三成を生捕る、其功尤も多ければとて、此年十一月筑後の國を賜り、三十二万石…
富田 第十二下 · 1
- p002…或記に左近將監は初め豐臣家にして事を執りし者なるが、石田が爲に讒せられて、其權日々に衰へけりと云ふ、按ずるに德川殿豐臣家と御中直…
西尾 第十二下 · 1
- p003…日の朝安八郡須賀村の侍、久瀨助兵衞といひし者なり光敎が陣に來て昨夕石田等大柿を去て、城には僅の兵を留め置き候ひぬ、一攻せめて御覽あるべうもや候…
古田 第十二下 · 1
- p001…に隨て奧に向ふ、おのが城には家の子同助左衞門尉を留め置く、上方又軍起りて石田治部少輔三成、助左衞門尉が許に使立てゝ松坂の城を取らんとす、助左衞門尉これに隨はず、…
前田 第十二下 · 1
- p003…石慶長五年の秋東西の軍一時に起る、岐阜中納言秀信、則ち三法師なり石田治部少輔三成に組して、德川殿に背き申されんと聞ゆ、玄以大に驚きて、織田殿の御子孫に於…
松倉 第十二下 · 2
藤田 第十二下 · 2
成田 第十二下 · 4
- p003…同く肥前守を初として、一族郞從五百餘騎を引具し、小田原の城にぞ籠りける、石田治部少輔三成を軍奉行として佐竹宇都宮の軍勢、忍の城に押寄す、抑もこの忍の城と申すは關…
- p003…して防き戰ふ、寄手常にかけ破られ斯ては此城いつ落つべしとも見えず、此時三成水攻にせんと謀て攻め損したりといふなり淺野彈正少弼長政、岩槻の…
- p003…運らして城中に返り忠の者出來て、裏切せんと牒し合す、長政悅ふ事斜ならず、石田に此事議定して味方を勸め押寄せたり、長政が智略にて此城をも攻め落させん事…
- p003…たり、長政が智略にて此城をも攻め落させん事、安からぬ事なりと思ひければ、三成佐竹宇都宮が勢を制して戰はず、長政一勢散々に攻め戰ひ一方を打破る、されど…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히