地名索引 › 東海道
東海道
本文表記 海道・東海・東海道
越前 第一 · 1
- p001…て、たやすう軍せんもの多からず、あつはれ、おことがためには、能きかたき、海道に向ひ、打込の軍せんよりは、おこと一人こゝに留て、軍したらんは、且は弓矢…
本多 第四上 · 2
井伊 第四上 · 1
- p006…、云はん事の、口惜しう候へば、ひらに御許しあれと、望みしかば、下野守殿を海道の大將軍とし、後に薩摩守殿と申參らせし御事なり、軍奉行には、井伊本…
榊原 第四上 · 4
- p003…勢にて城を出て戰はん事叶ふべからず、たゞ打棄てゝ片時も早く御登りあつて、海道の軍のやうを聞召あはさるべしと有けるに、大番の人々、はしたなく、城の兵と…
- p003…聞の及ふ所、中納言殿、上田の城を攻おとし給はず、又押ても御通りなく、殊に海道の合戰にもあはせ給はぬ事を、御不審ありと承り候ひぬ、若し此條に候はんには…
- p003…誅伐あらんと思しめされなば、かねて軍の御首途あらん期をも告させ玉ひ、また海道よりも、御使を參らせられ、山道の御勢を催さるべき事ならずや、また今暫く、…
- p003…め奉れば、德川殿御心とけて、明れば九月廿五日、伏見の御城にて御對面在て、海道の軍のやうを、御物語りあり、山道の事をも問せ玉ひしかば、中納言殿みづから…
渡邊 第四中 · 1
- p001…の鎧を給はり、足輕五十人を增して、屬せられしといふ、關が原の御陣には海道の御供し、其後新恩の地加へられ、江州坂田郡千石の地なり、また寄騎の…
戶田(田原) 第四下 · 1
- p002…して卒す、年五十一歲、其嫡男因幡守忠能生年十五歲、慶長五年の秋、父と共に海道の御供して、關が原に馳せ向ひ、大坂兩度の軍には、將軍家の御手に隨ひけり、…
牧野 第四下 · 1
- p001…東に移らせ玉ひしのち、武藏國石戶の地を領す、五千石關が原の戰には、海道の御供して、先陣を承る、御前備衆といふ信成大相國家に仕へて、…
高木 第四下 · 1
- p001…地を給ひ、千石其後父が家を讓られ、五千石慶長五年三成が亂に、海道の御供して馳せ登り、遊軍の衆なり同七年下總國にて所領加られ、二千…
酒井 第五 · 1
- p001…に、送りし者共、一人も殘らず討れてけり、されば女にて、わたらせ玉へども、海道第一と聞えさせ玉ひし弓取の、御母にてましませば、御思慮の程いみしく又政親…
井上 第五 · 1
- p006…不審、今年筑紫の地に下りて、西洋耶蘇の法を沙汰す、同十九年仰を承て、東海道の人民等が愁苦の事を訪うて、其事を沙汰す、明れば廿年所領の地加へらる、…
森川 第五 · 2
稻垣 第五 · 1
- p001…家人になされて、下野の國にして所領の地を給ふ、三千石關が原の戰に、海道の御供して攻のぼる、遊軍なり明れば慶長六年上野國伊勢崎の地を賜る、…
伊丹 第五 · 1
- p005…一色內藏助が爲に討れて、寬文二年三月廿七日、六十一歲にして死す、一色は東海道吉原蒲原等の御代官、勝長が家に來て討しとなり、其故は明らかならず、其…
屋代 第六 · 1
- p003…の諸大名の御下知を奉て御使たり、子息甚三郞吉正、德川殿足輕の大將を承て、海道の御供せり、…
丹羽 第六 · 1
- p001…關東へ移り玉ひし時、武藏國にて所領を給ふ、七千石關が原の合戰には、海道より向て德川殿の先陣を固む、今年の冬三河國伊保の地を給て、一万石明…
山口 第六 · 1
- p002…蟄居せり、明れば十九年の冬、大坂の軍起る、重政重信父子郎等少々召具して、海道を馳上り、箱根の關にて留められ、引歸してまた、山道にさしかゝる、程なく御…
北條 第六 · 3
太田 第六 · 1
- p007…ひしには、松平大隅守が手に屬して、江戶に留り、慶長五年關が原の合戰の時、海道の御供し、同き十五年に死す、…
前田 第七上 · 1
- p002…ば、利長同國大聖寺の城を攻落し、小松の城に戰て、金澤の城に引返し、德川殿海道を攻め上り給ふと聞て、手合のために、北國より打登り、九月廿日、大津の驛に…
黑田 第七上 · 1
- p001…、ことし五年、東西の軍起る、又長政の計ひにて、御方に參る人々多し、長政海道より攻登りて、上方の軍勢を打破る、…
山內 第七上 · 1
- p005…門大夫正則、最初に御方に組みす、對馬守一豐續て進み出で、一豐が領せし城、海道にあり、速に御勢を以て守らせらるべし、年頂貯へ置きし兵粮も乏しかるべから…
堀 第七上 · 1
- p003…しと仰せ下さる、かゝる所に、大坂の軍起りしかば、まづ東國の軍をば止めて、東海東山二手に分つて攻せ上らせ給ふに依つて、秀治奧に向ふに及ばず、越後に在て…
伊達 第七下 · 1
- p008…吉、關白の職に任して、王命をそむく國々を征伐すべしとて、數十萬騎の軍勢、東海東山北陸を經て、關東に攻め下り、相摸の國北條が領せし國々を、悉く打從へて…
加藤 第七下 · 2
毛利 第八上 · 1
- p006…べしとぞ議したりける、輝元が養子秀元を大將とし、吉川安國寺に多勢附けて、海道を攻め下り、伊勢の國に打入る、東國の先陣、馳せ上つて、美濃の國岐阜の城を…
鍋島 第八上 · 1
- p006…の人の方人せんとて、こゝより引返へし、大坂の先陣して、伏見の城を攻落し、海道より攻め下りて、伊勢の國安濃津の城をも落して、同國松坂の城を攻む、親父直…
蜂須賀 第八上 · 2
上杉 第八下 · 2
丹羽 第八下 · 1
- p003…にあらずと申けれど、內々は重き罪にも行るべしと聞ゆ、利長此由を聞て、初め海道上らせ給ふ時、重て御使を賜り、北陸の事いかにも平かならん樣に、こしらへて…
土方 第八下 · 1
- p004…郡一万石、近江國栗本郡二千石、凡一万二千石なり雄氏初め關が原の戰に、海道の御供し、大坂前後の戰に、將軍家の先陣し、首二つ切て献り、身煩ふ所ありと…
九鬼 第九上 · 1
- p003…、知てければ、頓て彼に牒狀す、嘉隆まづ子息が鳥羽の城を奪ひ、賊船を催し、東海の津々浦々に押入て、兵粮おし取て、美濃尾張の城々に籠め、紀伊國新宮の住人…
金森 第九上 · 1
- p001…しかば、可重本國に馳せ歸り、美濃國に向て軍し、父入道は、德川殿の御供し、海道より攻上る、關が原の合戰終て後、父子の功を賞せられて、新恩の地を加へらる…
遠山 第九上 · 2
大關 第九下 · 1
- p003…御陣は下野の小山に召されたり、上方の軍又起り、德川殿御父子引返して、山道海道二手に分つて、攻上らせ給ひしかば、那須の人々は、本國を守て、上杉と戰はん…
脇坂 第十上 · 1
- p001…代川に舟橋渡して御勢を渡す、十八年相摸の北條が亡びし時、安治四國の人々と東海を押渡て、伊豆國下田の城を攻め、關白の召に隨ひ嘉明嘉隆等と、同じく小田原…
加藤 第十上 · 1
- p001…なる勢を以ては叶ふべからず、兎やせん角やせましと思ふ內に、德川殿の先陣、海道をさして攻め上ると聞えて、尾張國犬山の城は、大事の所なればとて、餘多の勢…
久留嶋 第十上 · 1
- p006…關が原の諸記に、來嶋九鬼と兵船を泛べ、東海の津々浦々に押入て、兵粮秣等奪ひ取り、上方の城々に入れしと云ふ、然らんに…
薩摩守殿 第十一 · 2
水野 第十一 · 1
- p001…、慶長四年の十二月八日、大番の頭となされ、明れば五年の秋關が原の戰には、海道の御供にて候ひけり、六年四月尾張國小川の城を賜ふ、一万石同き九年叙…
平岩 第十一 · 1
- p001…、軍には御介副にぞ候ひける、されば三郞殿御年若く渡らせ給ひ、弓矢の御名、海道に顯れ給ひし事、しかしながら親吉が功莫大なりとぞ聞えたる、天正七年の秋三…
本多 第十一 · 1
- p002…りければ、人々は罪免されしかど、正信は終に國を去りてけり、是より先き畿内東海北陸の國々一向專修の門徒等、此處彼處に蜂起して、世には是を一向の一揆とぞ…
高力 第十一 · 1
- p003…十二歲にて父に先立つて卒す、慶長五年の秋、東西の軍一時に起る河內守清長、海道の御供にぞ候ひける、同き十三年正月廿九日清長七十九歲にて卒し、嫡孫左近大…
菅沼 第十一 · 1
- p009…に起る、定盈御跡に留りて西城を守る西城留守居といふ子息志摩守定仍、海道より向ひて駿河の國府興國寺等の城を守る、明れば六年定盈伊勢國長嶋の城賜て…
金吾 第十二上 · 1
- p007…の勢の攻め上らん程を待つべしと思ひしに城悉く燒かれぬ、斯て上方の軍勢東山東海北陸より攻め下る、秀秋も急き發向あるべしと催促度々に及ふ、或は伏見にて手…
福嶋 第十二上 · 2
堀尾 第十二上 · 2
田中 第十二上 · 2
中村 第十二上 · 1
- p003…きゐて御跡に從ひ參らす、一氏幾程なくて卒しぬ、上方の軍起りしかば、一榮又海道より馳せ登りて、犬山の城に向ひ大柿の城を落す、關が原の合戰終てのち、此年…
筒井 第十二上 · 1
- p010…を聞き、云甲斐なき奴原が振舞かな、この上は本國に歸らん事その詮なしとて、海道の御方と一つになつて岐阜の城を攻め落し、赤坂に陣を取り關が原の先懸して敵…
里見 第十二上 · 1
- p003…を得ず、かくて十八年に至て、豐臣關白北條うたるべしとて、天下の軍勢を催し東海東山北陸より攻め下り給ふと聞えしかば、寄手取物もとりあへず、本國に引返さ…
生駒 第十二上 · 1
- p001…ひ丹後の國に向ふ、一正元より東國に在て德川殿の味方に加はり參らせけれは、海道の先駈して美濃の國に戰ふ、此年天下悉く德川殿に從ひ參らせしかば、勸賞とし…
寺澤 第十二上 · 1
- p003…軍一時に起る、廣高初より德川殿に從ひ參らせ東國に向ひしかば、御方の人々と海道を攻め上り、美濃尾張の間に戰ふ、其勸賞に肥後の國天草の郡を加へ賜ふ、四…
德永 第十二下 · 1
- p001…じく侍ると云ひしにぞ、人々皆一同に組みしてける、かくて先陣の人々と同じく海道を打て上り、おのが城に至て先づ同國高洲の城の住人高木十郞左衞門尉が許に使…
本多 第十二下 · 1
- p001…俊政、德川殿に從て奧に向ふ、同き七月大坂の軍起ると聞え、東國の御方として海道の先陣打て戰ふ、大坂の奉行等高取の城を取らんとす、本多が跡に留め置きし家…
松下 第十二下 · 1
- p001…頭陀寺を領すと云慶長五年の夏東西の軍一時に起る、吉綱東國の御方として、海道の先陣にて美濃の國に戰て勸賞を蒙る、駿河國久野の城賜て一万六千石を領…
坂崎 第十二下 · 1
- p001…ば五年の夏德川殿奧に向はせ給ひし時、左京亮等御供に從ひ上方の軍起りし後、海道を攻め上る故主中納言秀家は一方の大將軍にて關が原に立向ひ、東國の先陣と戰…
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